かぶはまだ熱い

津守仁志は、恋人が好きになった男の名前を知っていた。

 聞かされたのではない。彼女の投稿についた反応と、共通の知人の写真から、自分で見つけた。職業、住んでいる沿線、休日に乗る自転車まで分かった。何も知らない方が苦しいと思ったのに、知るたびに新しい比較が増えた。

 その男が写る写真を拡大し、腕時計の値段まで調べた。彼女が好きだった映画を投稿しているのを見つけると、前から二人は通じ合っていたのではないかと疑った。答えのない推理だけが、夜ごと精密になった。

 別れから五日目、仁志は「淡月」へ入った。店には彼しかいなかった。日本酒を一杯頼むと、店主はかぶの蟹あんかけを出した。白いかぶから細い湯気が上がり、銀色の餡には生姜と出汁の匂いが漂う。箸を入れると柔らかな表面が割れ、中心から強い熱が逃げた。

 仁志の画面には、その男の非公開アカウントへ送るフォロー申請が残っていた。承認されれば、彼女が選んだ理由が見つかる気がした。自分より背が高いのか、収入が多いのか、話が面白いのか。理由が数字になれば、負けた場所を直せる。

 けれど彼女は別れ際、「比べて選んだわけじゃない」と言っていた。仁志はその言葉を、慰めだから信用できないと切り捨てた。信用しなければ、いつまでも調べ続けられた。

 熱いかぶを急いで口へ運び、舌を焼いた。

「中まで熱いぞ」

 店主は小皿を寄せた。

「割って、置いとけ」

 仁志はフォロー申請を取り消した。彼女のアカウントも、明日の朝にフォローを外す。衝動でブロックして、解除したか確かめ続けるのはやめる。部屋に残っている彼女のイヤホンと充電器は、明日、追跡できる方法で送る。手紙は入れない。

 知りたい気持ちは消えなかった。男の名前も、検索欄の履歴も頭に残っている。荷物を送れば、今度こそ連絡の口実がなくなる。

 冷ましていたかぶを口へ入れると、外側の餡はぬるくなっていたが、中心にはまだ熱があった。蟹の甘さが出汁へ溶け、焼けた舌にもゆっくり分かった。