たたき台は頑丈です
広告会社が「たたき台を作れる人」を募集していると聞き、家具職人の槌谷亘は自信満々で面接へ行った。
企画部長は履歴書の職歴をろくに見ずに言った。
「急ぎです。明朝までに、荒くていいから一台お願いします」
「何人で叩きます?」
「まず五人。後で役員も加わります」
「かなりの強度が必要ですね」
「壊して作り直す前提なので、遠慮なく」
広告業界は机を壊して意思決定するらしい。
槌谷は工房へ戻り、樫材と鋼板で重さ八十キロの台を作った。中央には衝撃を吸収する革を張り、脚には滑り止めを付けた。
翌朝、会議室へ運び込むと、社員たちは言葉を失った。
部長が尋ねた。
「これは?」
「たたき台です。五人同時でも耐えます。役員用に木槌も六本」
若手社員が恐る恐る木槌を持った。
「本当に叩くんですか」
槌谷は保護眼鏡と耳栓を配った。
「企画部は毎日こんな危険な会議を?」
「精神的には、だいたい同じです」と若手が答えた。
法務担当まで現れ、「役員がけがをした場合の責任範囲」を確認し始めた。
部長は額を押さえた。
「たたき台というのは、議論の出発点にする粗い案のことです」
槌谷は部長が昨日渡したメモを取り出した。
《若者向け飲料の新広告。荒くて可。皆で叩き、壊して、磨く》
「どう読んでも家具です」
「比喩です」
「広告は比喩を扱う仕事でしょう。誤読される比喩は失敗作では?」
部長は反論しようとして、前月の広告コピーが「意味不明」と炎上したことを思い出した。若手社員はこっそり会議資料へ《専門用語を一般客へ通じる言葉に直す》と書き加えた。
会議室が静まり返った。
コピーライターが小さく拍手した。
「その指摘、企画の核に使えます」
結局、社員たちは頑丈な台を囲み、商品案への不満を一つ言うたび木槌を振り下ろした。音がよいせいか議論は進み、午後には新しい広告案が完成した。
部長は槌谷へ正式採用を申し出た。
「次の案件でも、たたき台をお願いします」
槌谷はうなずいた。
「今度は企画ですか、家具ですか」
部長は台のへこみを見た。
「両方で」