まだ生きている鍵

午前四時十二分、マンションの警備室へ住人の女性が駆け込んだ。

「誰かが部屋の前まで来ました。三日前にも同じ足音が」

警備員の郷津美砂は、まず女性をロビー奥の応接室へ入れた。廊下へ一緒に戻れば、相手がまだいる時に住戸を教えることになる。

オートロックの入館ログを調べると、四時七分に清掃会社のカードが使われていた。しかし定期清掃は前月で契約終了している。管理会社は「古い記録では」と言ったが、郷津は映像を確認した。帽子を深くかぶった男が、確かにエレベーターへ乗っている。

郷津は館内放送で呼び出さず、非常階段と裏口を同僚に押さえさせた。名前も目的も分からない相手へ「探している」と知らせれば、住戸階で鉢合わせになる。

男は一階へ戻ってきた。手には掃除道具ではなく、透明な袋がある。

郷津は距離を保って止め、カードと身分証を別々に見せてもらった。男は以前の清掃員で、管理人から「倉庫に残った鍵束を返してほしい」と電話を受けて来たという。袋には鍵束が入っていたが、訪問時刻も入館方法も管理人の指示ではなかった。契約終了時にカードの失効処理がされず、本人もまだ使えると思っていたのだ。

「善意でも、住人には侵入と同じに見えます」

郷津は鍵束を受領せず、管理会社の担当者を呼んだ。受け取った記録がなければ、後で一本足りない時に男へ疑いが戻る。カードはその場で失効させ、鍵は二人立会いで数えた。

女性には男の事情を詳しく話さず、「該当者を確認し、カードを停止した」と伝えた。個人情報を説明しすぎれば、別の揉め事を生む。

確認の結果、男が女性の部屋の前へ来たのは、同じ階の清掃倉庫を探して迷ったためだった。危害の意図はなかった。それでも郷津は、恐怖が間違いだったとは言わなかった。

「連絡して正解です。使えるはずのない鍵が生きていました」

午前六時、宅配業者が次々とロビーへ入ってきた。郷津は新しい入館表を机に置く。

夜の鍵を止めた手で、朝の鍵を一件ずつ確かめ始めた。