オカメインコと背脂炒飯
塾講師の榊田匠海が帰宅すると、オカメインコの月餅が止まり木で片足をしまっていた。
「寝てていいぞ」
匠海が言うと、月餅は目を開け、小さく「ダイジョブ」と鳴いた。受験生へ何度も言っているうちに覚えた言葉だった。
今日、第一志望の模試判定が下がった生徒が泣いた。匠海は勉強法を説明し、励まし、次の予定を立てた。帰り際、その生徒の母親から「先生に任せています」と頭を下げられた。
任されても、合格を作れるわけではない。帰りの電車で、その無力さが胃のあたりへ沈んだ。
冷凍庫に、ラーメン店でもらった背脂の小袋がある。匠海は白葱と叉焼を刻み、フライパンへ背脂を絞った。透明な脂が熱でほどけ、にんにくを入れると強い香りが立つ。冷やごはん、卵、叉焼。醤油を鍋肌へ落とし、最後に白胡椒を振った。
「午前一時の模範解答ではないな」
「ダイジョブ」
「便利な鳥だ」
炒飯は米粒の一つ一つが脂で光っていた。匙ですくうと、にんにくと醤油の匂いが鼻へ押し寄せる。熱いまま頬張れば、叉焼の甘さと胡椒の辛さが交互に来た。
食べながら、匠海は今日の面談を思い返す。生徒は泣いたあと、自分から「明日は英語を一題だけやる」と言った。匠海が決めたのではない。本人が決めた。
「先生が背負うんじゃなくて、隣を歩くんだったな」
月餅は羽を膨らませた。
「ダイジョブ」
「それ、生徒にも言ってくれ」
匠海は翌日の授業メモから「必ず上げる」という言葉を消し、「一緒に確認する」へ直した。責任を捨てるのではなく、持ち方を変える。
炒飯を食べ終えると、皿の底に脂が薄く残った。匠海はそれを見て笑い、今夜は反省も復習もしないと決めた。
月餅に布をかけると、中から眠そうな声がした。
「ダイジョブ」
部屋にはにんにくと焦がし醤油の香りが残る。その言葉を初めて自分宛てに受け取り、匠海は満腹の腹を抱えて灯りを消した。
水を飲むと、白胡椒の刺激が喉の奥で少しだけ戻った。匠海は明日も生徒より先に答えを出そうとするかもしれない。そのたび月餅の声を思い出し、一歩ぶん待てれば十分だと思った。