カーテンの向こうの拍手

颯季は、完成する前のものを人に見せられなかった。設計事務所で「ラフでいい」と言われても、線の太さを揃え、家具の寸法まで入れてから提出する。そのせいで案はいつも遅れ、誰かの意見が入る前に、自分で可能性を狭くした。上司から「もっと早く相談して」と言われるたび、次こそは完成度を上げて驚かせようと思った。相談する、という選択だけが抜け落ちていた。

隣室のデヴはインドから来た打楽器奏者だった。夕方になると、厚いカーテンの向こうからタブラの音が聞こえる。短い連打のあと、必ず一度だけ、ぱん、と手を打つ音がした。

その音を、颯季は演奏の終わりだと思っていた。うまくできた日の合図なのだろう、と。

ある夜、颯季が大量の紙を資源ごみへ運んでいると、デヴが一枚拾った。採用しなかった図書館の案だった。

「きれいです。なぜ捨てる?」

「途中だから」

「途中には、いつ拍手しますか?」

デヴは、さっきまで自分が練習していた手を見せた。指先には赤い跡があり、成功した演奏だけを終わりにしている手には見えなかった。

颯季が笑うと、彼は紙を返し、掌を一度だけ打った。

「明日、最初の案を終えたら一回。直す前に」

翌朝、新しいカフェの内装案を任された。締切は夕方。颯季は午前中に三つの配置を描いたが、どれも線が荒い。午後になれば整えられる。いつものように一案へ絞り、残りを消そうとした。

カーテン越しの音が頭に浮かぶ。途中には、いつ拍手するのか。

颯季は三案を並べ、ファイル名を「完成」ではなく「案0.6」にした。共有ボタンの上で指が止まる。上司が見る。修正点を山ほど返されるかもしれない。自分より先に、誰かがよい部分を見つけるかもしれない。

送信する前に、彼女は両手を一度だけ打った。

静かなオフィスに乾いた音が響き、向かいの同僚が顔を上げた。颯季は照れ笑いをしたまま、三案すべてを共有フォルダへ入れる。

チャットに「荒い段階ですが、方向を一緒に選んでください」と書き、消さずに送った。