セルフタイマー、十秒
校門前に残ったのは、早乙女匡と御厨千歳、それから古いフィルムカメラだった。
「残り、たぶん三枚」
千歳が巻き上げレバーを動かす。卒業式の日くらいスマートフォンではなく、父から借りたカメラで撮りたいと言ったのは彼女だ。
門の横では用務員が立て看板を片づけ、卒業式の赤い文字が半分ずつ箱へ消えていく。通りかかった人に頼もうにも、もう在校生も保護者もいない。匡は門柱の向かいの花壇へカメラを置き、セルフタイマーを押した。
十秒。
二人で走る。匡の卒業証書の筒が落ちる。拾っている間にシャッターが切れた。
「あと二枚?」
「巻いてみる」
千歳がレバーを慎重に動かすと、もう一枚ぶん進んだ。
二回目。八秒で自転車の先生が前を横切った。
三回目を試す前に、千歳はフィルム残量の窓を見た。
「ほんとに最後」
千歳はレンズを布で拭き、髪を耳へかけた。制服姿を見られるのも今日が最後だと思うと、匡は急に緊張した。写真の失敗ではない。今日まで言えなかったことを、校門を出る前に言うつもりだった。
「押すよ」
タイマーが動き始める。
十。千歳が走る。
九。匡も追う。
八。門柱の前へ並ぶ。
七。肩が触れる。
六。匡は息を吸う。
五。「千歳」
四。「なに?」
三。「卒業しても」
二。言葉が詰まる。
一。千歳が匡の袖を引いた。
シャッターの音と同時に、匡は「好きだ」と言った。
現像できるのは一週間後だった。その場には、千歳の返事だけが残った。
「写真に声は写らないから、もう一回言って」
匡が言い直すと、千歳は笑って「私も」と答えた。
一週間後、写真屋の封筒を二人で開けた。最後の一枚には、正面を向くはずだった千歳が匡を見上げ、匡は口を開いた途中で写っていた。
ピントは門柱に合っている。二人の顔は少しぼけていた。
それでも千歳は、その写真を一番大きく焼き増しした。
「十秒で間に合わなかったものが、ちゃんと写ってる」
校名の下で、告白だけが永遠に言い終わらない一枚だった。
匡は焼き増しした写真の裏に、十から一までの数字を書いた。三の横に〈好きだ〉、一の横に〈私も〉。千歳はその下へ、零を書き足した。
〈ここから始まった〉
二人の卒業写真は、終わりを数えるためではなく、始まりまでの十秒を残すものになった。