トランクに入るだけ
灯里が車の後部を開けると、父は桃の箱を三つ抱えてきた。
「一箱でいいって言ったよ」
「会社の人にも配れ。せっかくこっちまで帰ってきたんだから」
一箱に十二個。灯里の職場は六人で、桃を持って電車通勤している人もいる。以前、父に言われるまま菓子や野菜を配ったら、翌日には誰が喜んだか、何と言ったかまで報告を求められた。
「配らないよ。自分で食べる分だけ持つ」
「都会の人は桃も食べないのか」
父は一箱目を積み、二箱目をその上へ押し込んだ。トランクには旅行鞄と、母から渡された米がすでにある。
「潰れるから」
「大丈夫だ。お前は詰め方が下手なんだ」
父が旅行鞄を立て直そうとしたので、灯里はその手を止めた。
「私の車。私が積む」
父の顔から笑いが消えた。「好意でやってるのに」
「好意も、受け取れる量がある」
母が玄関から「二箱は置いていけば」と声をかけたが、父は聞こえないふりをした。
灯里は積まれた箱を一つずつ下ろした。段ボールから甘い匂いが漂う。一番小さな箱だけを開け、傷の少ない桃を四個、紙袋へ移す。
「四個でいい」
「そんなの、帰省土産にもならん」
「土産にするために帰ったんじゃない」
言ったあと、胸の奥が少し痛んだ。父は桃を育てたわけではない。近所からもらったものを、娘が持ち帰る姿で安心したいだけなのかもしれなかった。
灯里は一個を父へ差し出した。
「これは今、三人で食べよう」
母が包丁を持ってきた。父はしばらく腕を組んでいたが、やがて縁側に座る。
三人で一個を分けると、果汁が指まで流れた。父は「今年は甘い」とだけ言った。
食べ終え、灯里は四個入りの紙袋をトランクへ置いた。父はもう箱を足さなかった。
父は残った箱を二つ重ね直し、『来年も四個か』と不満そうに聞いた。灯里は運転席の扉に手をかけ、『来年は、先に何個いるか聞いて』と言う。父は返事をせず、桃の箱を雨の当たらない軒下へ移した。積み直す手は、もう灯里の車には伸びなかった。
閉めた扉の向こうには、自分で運べる重さだけが残った。