ハート型の右折

霧生廻が指を右へ滑らせると、会場の巨大なハートが弾けた。

恋愛アプリの新サービス発表会。スワイプ音をビートにした明るいハイパーポップを、廻が一度だけ生歌で披露する。曲を設計した友人の開発者は半年前、社屋の非常階段から転落死した。

警察は自殺と判断した。友人は死の前日、廻へ「アプリの中に道を残した」とだけ送っている。冗談の多い人だったのに、その文には絵文字が一つもなかった。廻は削除できずにいた。

イントロの合成音声が囁く。

「右へ進んで」

Aメロで観客全員の画面に仮想廊下が現れた。右へスワイプするたび、ドアが一枚開く。恋人候補を選ぶ演出のはずだが、廻には社屋の廊下に見えた。壁の傷、消火器の位置、友人の席からサーバー室までの順路。

スワイプ音は軽いのに、その裏でカードキーの認証音が鳴る。死亡時刻の一時間後、友人のIDが社内を移動していた記録だ。しかも認証のたび、心拍確認欄だけが空白になっている。カードを持つ別人が歩いた証拠だった。

サビで観客が歌う。

「右へ進んで」

画面の廊下が二つに分かれる。左は非常階段、右は役員専用区画。公式調査では友人は左へ向かった。しかし曲の定位は右側からしか鳴らない。

廻がステージ上で右へ歩くと、会場裏の展示扉が連動して開いた。そこには旧サーバーが置かれている。友人は死亡直前、アプリの推薦アルゴリズムが役員の指示で個人情報を売却している証拠を保存していた。

最後のブレイクで、監視映像が再生された。友人は階段から落ちていない。役員専用区画で殴られ、遺体だけが左の階段へ運ばれた。カードキーを使ったのは社長秘書だった。

曲の最後、ハート型の再生ボタンが矢印へ変わる。矢印は会場右奥、役員席を指した。警備員がそこへ向かう。

廻のイヤーモニターに、友人の未送信音声が入る。

「右へ進んで」

好みの相手を選べという操作案内ではない。死者が証拠と犯人へ導くため、たった一方向だけに残した道順だった。