レシートの職歴

鷺森遥登は会計のたび、《職歴ウォレット》を開く。

何を買い、誰のために使ったかを採用AIが分析し、直近三十日の購買だけで経験を証明する。自己申告や昔の勤務歴より、金を払った事実の方が正確だという規則だった。

遥登の画面には、解熱剤、介護食、滑り止め靴下が並ぶ。

〈生活支援経験 上級〉

〈高齢者ケア適性 93〉

買ったのは、友人の宇佐美灯里に頼まれた品だった。灯里は三年間、認知症の祖母を一人で介護している。外へ出られない日が多く、買い物だけ遥登が代わった。

その灯里が今日、訪問介護会社へ応募する。祖母を施設へ入れず在宅で支えた経験を、初めて仕事に変えられる求人だった。採用されれば研修中も自宅訪問の時間を選べる。

「祖母のお昼、冷める前に終わらせよう」

台所の隅で送信を押すと、結果はすぐに出た。

〈関連購買 化粧水、文庫本、低糖質菓子〉

〈介護経験を確認できません〉

〈不採用〉

灯里のカードは祖母の口座にひもづいていた。介護用品の支払いは祖母名義、店へ行った遥登の端末には位置記録。AIは、払った者でも使った者でもなく、決済を実行した端末の持ち主を経験者と見なしていた。

同時に遥登の端末が鳴る。

〈訪問介護職へ特別推薦〉

〈即時内定〉

「受けなよ」と灯里は言った。「遥登、優しいし」

「車椅子の畳み方も知らない」

「AIは知ってるって言ってる」

灯里は笑ったが、鍋の蓋を持つ手は赤く荒れていた。三年間の夜中の徘徊も、食事を吐き出された朝も、金を払わない行為だから一行も残らない。

遥登は、今から灯里の端末で介護食を買った。画面が更新される。

〈生活支援経験 一日〉

〈基準まで残り二十九日〉

求人の締切は今日だった。

彼は自分に届いた内定を開き、辞退理由の自由欄へ灯里の名前と三年間を書き込む。送信すると、文章は〈評価対象外の本人申告〉として自動削除された。

残ったのは、遥登の内定辞退と灯里の不採用だけだった。

遥登は二台の端末から電子レシートを印刷し、同じ介護食の購入記録を重ねて、中央からゆっくり破いた。