ログアウトした幼なじみ

「ゲームの中なら、何でも言えるのに」

藤ヶ崎碧は、協力型オンラインゲームの相棒《Rook》へ何度もそう書いた。仕事の失敗も、ひとり暮らしの寂しさも、初恋を忘れられないことも。顔も本名も知らない相手だから話せた。

《Rook》はいつも、急かさず短い言葉を返した。

《忘れなくていい》

《次のクエストも一緒に行く》

《会えない人より、会える俺を見て》

最後の一文に胸が動いたころ、運営会社の交流会で初めて会う約束をした。

会場の指定席にいたのは、十二歳で転校した幼なじみ、狭間由騎だった。

声を聞いた瞬間、二人とも分かった。碧が忘れられなかった初恋の相手も、画面越しに惹かれ始めた相棒も、同じ人だった。

「なんで黙ってたの」

「碧だと気づいたのは、先月。昔の公園の話をしただろ」

「それからも普通に返事してた」

「本名を知った途端に態度を変えたら、怖がらせると思った」

由騎のスマホには、送らずに消した文章が何十件も残っていた。《会いたい》《俺のことだ》《今度こそいなくならない》。どれもゲーム内では送れなかった言葉だった。

交流会が終わり、駅前で二人はログアウトする。画面から《Rookが退出しました》と表示された。

由騎はスマホをポケットへしまい、現実の手を差し出す。

「次のクエスト、画面の外でもいい?」

碧はその手を取り、指を絡めた。ゲーム内の握手ボタンより、返事はずっと早かった。

二人で来週の予定を開き、子どものころ遊んだ公園と、その近くの店を登録する。参加者欄にはユーザー名ではなく《碧》《由騎》と入れた。

「由騎。今度は途中で引っ越さない?」

「引っ越しても予定は消さない」

改札を通るため一度手をほどき、向こう側でまたつなぐ。離すたび結び直せることが、昔とは違った。

ゲームの中なら何でも言えると思っていた。

けれどログアウトしたあと、二人は言葉の代わりに手をつなぎ、本名で次の約束を保存した。現実のほうが、もう逃げ場ではなく続きになった。