ロット末尾のB

化粧品ブランドの品質賠償会議で、蓮沼碧はOEM工場の検査員として、回収費二千万円を負担する合意書を示された。美容液の一部に沈殿が出たため、ブランド側の辰巳谷統括は製造不良だと断定した。

対象ロットはC2407B。工場が納品した五万本を全回収し、次回分も無償製造する条件だった。

碧は製造記録を開いた。自社ロットはC2407A。末尾Bは、ブランド本社が販促撮影用に小分け充填したサンプルの番号だった。

辰巳谷は、AもBも同じ原液だから責任は工場にあると言った。

碧は沈殿品の成分分析を投影した。Bには、処方にない香料が〇・七パーセント含まれている。ブランド側が撮影用に香りを強めるため、充填後に追加したものだった。香料を入れると乳化が崩れることは、事前の注意書きにも記載されている。

辰巳谷は沈殿がAでも起きたとし、写真を二十枚出した。碧はボトル底のレーザー刻印を拡大した。全てC2407B-003。一本を角度だけ変えて撮っている。

さらに回収対象一覧の五万本は、Aの出荷番号をBへ一括置換して作られていた。置換操作の履歴は会議前夜午後十時二十二分、辰巳谷のアカウントに残っている。

工場長は、ブランドを失えばラインが止まると碧に合意を促した。辰巳谷も「二千万円で関係を買える」と言った。

碧はロット票を一枚ずつ並べた。

「Aの製品を売り、Bの失敗だけこちらへ戻す関係は買えません」

碧はAロットの市場品を無作為に三十本回収し、沈殿が一件もないことも報告した。ブランド側の顧客相談窓口にもAの苦情はゼロ。回収を発表すればブランドが撮影サンプルへ香料を足した事実を隠せるため、五万本全体を工場責任にしようとしていた。

ブランド側倉庫の入庫記録でも、Aロット五万本は全数出荷済みで返品はゼロだった。辰巳谷は一覧を閉じようとしたが、社長が原本保全を命じた。

ブランド社長が賠償合意書の決裁欄を指で覆った。末尾の一文字が、五万本分の責任を下請けへ移すのを止めた。