一周だけを断る

遊園地の開園十分前、赤い試運転旗が八代千景の肩へ掛けられた。

「一周だけだ。子どもを乗せて異常がないと見せろ」

運営部長の声も、先頭車両に残った金色の風船も、前の人生と同じだった。

その日は新型コースターの公開初日だった。千景は宣伝のため、招待された小学生六人と一緒に試運転へ乗った。第一カーブで左前輪の軸が折れ、車両はレールから浮いた。

千景だけが安全帯に挟まれて生き残った。整備報告書には、彼女が出発前点検を省略したと書き換えられた。実際には部長が交換部品を転売し、亀裂の入った旧軸を戻していた。

二度目の開園十分前。

千景は赤い旗を外し、乗車口の扉を閉めた。

「子どもは乗せません。一周もしません」

「怖くなったのか? 客の前で恥をかかせる気か」

「恥なら私がかきます。棺は用意させません」

小学生たちを保護者のいる柵外へ戻し、先頭車両には人体と同じ重さの検査用砂袋を固定する。部長が旗を奪おうとしたが、千景は非常運転鍵を握ったまま離さなかった。

「異常がないなら、空車でも同じ結果になります」

遠隔低速モードで車両を発進させる。

上昇坂を越え、金色の風船が揺れる。第一カーブへ入った瞬間、金属の悲鳴が園内へ響いた。

左前輪が外れる。

だが速度は通常の三分の一。車両は補助レールに受け止められ、数メートル進んで停止した。先頭の砂袋が傾いただけで、誰も傷つかない。

外れた軸の切断面には、赤い塗料で転売先の管理番号が残っていた。部長が削り忘れた証拠だ。

子どもたちは泣かずに、千景を見つめていた。前の人生では聞こえなかった救急車のない静けさが広がる。

開園時刻の午前九時。以前なら園内アプリへ《重大事故のため閉園》と表示された。

今度は違う。

《安全点検のため新型コースターのみ運休。他の施設は通常営業》

《異常を発見した整備士・八代千景へ特別表彰》

金色の風船を持った男の子が、柵越しに言った。

「お姉さんが直したら、今度は一緒に乗ろうね」

千景の未来に、初めて「今度」が停車した。