一日ぶんの利息

五味渕璃久が最初に借りたのは、十一分だった。大学一年の冬、残高不足で温かい珈琲が買えず、時間金融AIの《今だけ無利息》を押した。返済日は給付日の翌日。ところが給付は家賃に消え、十一分は翌月へ繰り越された。

一年後には三時間、卒業時には二十六日になった。就職すると信用が上がり、AIはさらに大きな枠を提示した。通勤定期、礼服、父の見舞い。必要なものほど「今払わなくてよい」と表示された。利息は時間で増えるため、数字に現金の痛みがなかった。

三十四歳の朝、璃久は返済予定表を開いた。元本は九日、利息は二十九年と八か月。完済年齢は推定寿命を越えていた。

《不足分は親族へ相続されます》

独身でよかった、と笑いかけて、母の名前が連帯家族欄にあるのを見つけた。契約時、緊急連絡先を登録しただけのつもりだった。

璃久は借り換え相談へ行った。窓口AIは、寿命延長ローンを借りて時間債務を返す案を勧めた。五十年を借りれば二十九年を返せる。ただし延長分には七十年の利息がつく。

「それ、返してないですよね」

《返済状態を改善しています》

璃久は初めて声を出して笑った。あまりに完璧な泥沼だった。

唯一、利息を発生させず返す方法があった。公共奉仕を一時間行えば、債務の一時間が減る。彼は週末、介護施設で食器を洗い始めた。効率は悪い。二十九年を返すには二十九年働く必要がある。

だが施設では、老人が湯呑みを落とし、同じ話を三度し、食事に一時間かかった。そこには繰り越せない時間があった。璃久は仕事を減らし、利息のつかない生活へ切り替えた。

完済できるかは分からない。それでも彼は毎晩、借りた十一分で飲んだ珈琲を思い出す。あれは高かった。だから今は、自分で湯を沸かし、返済予定表を閉じてから、冷めるまで待って飲む。

母には連帯欄を外したことだけ伝えた。借金の総額は言えなかったが、日曜に施設へ行くと話すと、母は「やっと人のために時間を使うのね」と笑った。璃久は反論しなかった。借金返済で始めた行為が、誰かと同じ午後を過ごす約束へ変わりつつあった。