三時十七分の停電
唐津静のアパートでは、毎晩三時十七分に七秒だけ停電した。
管理会社は老朽化だと言う。だが隣人が失踪してから、その七秒に限り、静のスマートスピーカーが一曲を再生するようになった。イントロは蛍光灯の点滅を刻んだ硬いビートだった。
「灯りを消して」
隣人は、壁の中から機械音がすると怯えていた。静は考えすぎだと笑い、管理人へ相談する約束も先延ばしにした。翌週、隣室は空になり、退去届だけが残った。署名は似ていたが、名前の最後の払いが震え、日付だけが管理人の筆跡と同じだった。
Aメロが始まると、停電中なのに壁の一点だけが赤く光った。鏡の裏、火災報知器、コンセント。曲の低音に合わせ、目に見えない赤外線LEDが次々と点滅する。浴室にも寝室にも、建物中に隠しカメラが埋め込まれていた。
「灯りを消して」
二度目の声で、静はすべての照明スイッチを落とした。サビへ入ると、スマートフォンのカメラが暗闇の赤外線だけを拾い、壁内の配線図を画面へ描き出す。線は各室から管理人室へ集まり、さらに地下倉庫へ延びていた。
停電が終わる前に、静は非常階段を駆け下りた。倉庫には録画サーバーと、内側から鍵をかけられない小部屋がある。そこに隣人がいた。管理人は退去手続きを偽造し、監視へ気づいた住人を閉じ込めていたのだ。
七秒目、突然、電気が戻る。管理人が廊下の向こうに立ち、合鍵を鳴らしながら静へ近づく。ところが全室の照明は消えたまま、隠しカメラの赤い点だけが建物の外壁まで透けるように浮かんだ。曲が映像を住民全員の端末へ配信している。
最後の一音で、静は地下の主電源を落とした。電子錠が解放され、隣人の小部屋が開く。代わりに管理人室の自動扉が閉じ、警察が到着するまで解除不能になった。
スピーカーが最後に告げた。
「灯りを消して」
怯える住人に闇へ隠れろという命令ではない。監視する男だけが握っていた光と電源を奪い、閉じ込められた者を外へ出す合図だった。