三秒を切り抜いた
「寄生蜘蛛にソロは餌を渡すだけ」
「使ったスキルを奪われて、そのまま返されるぞ」
「神代冬弥、戦闘スキルなしで何をする」
神代冬弥の職業は《配信編集者》だった。
固有スキル《三秒カット》は、配信中の不要な三秒を一度だけ削除できる。映り込んだ住所や転倒場面を隠すための能力で、攻撃力はゼロ。冬弥もこれまで、仲間の失敗や泣き顔を守るためにしか使ってこなかった。誰もがそう判定した。だが削除された三秒が、最初から存在しなかったことになる性質だけは、彼自身が一番よく知っている。
寄生蜘蛛アラクネイドが天井から降りる。
腹に並ぶ無数の目は、挑戦者が最後に使ったスキルを記録する。糸が刺されば能力を奪われ、二倍の性能で撃ち返される。戦闘職ほど危険になるため、討伐隊は技能の弱い囮を必ず用意していた。
冬弥は短剣すら持っていない。
ただ、編集画面を開いたまま中央へ立つ。
「本当に刺されるつもり?」
「カットを奪われても、ボスが映像編集するだけだろ」
「いや、スキル説明の末尾。“配信と同期した現実を含む”ってある」
黒い糸が冬弥の胸へ伸びた。
針が服を貫き、寄生の印が光る。蜘蛛の腹に《三秒カット》の文字が浮かび、能力の複製が始まった。
冬弥はタイムライン上の一箇所を、一度だけ横へ払った。
切り取ったのは、糸が彼へ届いた三秒間。
映像が飛ぶ。
現実も飛ぶ。
次の瞬間、冬弥は無傷で立ち、蜘蛛の腹には複製途中のスキルだけが残っていた。取得元となる接続が過去から消えたため、アラクネイドの能力は“誰から何を奪ったか”を確定できない。無数の目が逆回転し、記録しようとした三秒を互いに食い始める。
蜘蛛は悲鳴も残さず、映像のノイズのように縮んで消えた。
「因果の参照先を削除した!」
「討伐時間表示まで三秒短くなってる」
「攻撃判定なし。編集操作一回だけ」
「ボスそのものが没テイクになった……」
冬弥は空白になったタイムラインへ題名を入れた。
同時に、運営の審査通知が重なる。
【審査完了:《三秒カット》による現実改変を正式な単独討伐手段として認定】