上映されない二本立て

亜紀乃の故郷で唯一だった映画館が、十年ぶりに一日だけ開く。

招待状には、「閉館時に残されたフィルムを二本上映します」とあった。高校時代、亜紀乃はそこで毎週のように映画を見た。暗い客席に入れば、自分の人生も二時間だけ別のものになった。

同封された参加申込書には、上映後の意見交換会への出欠欄があった。町は建物を改修し、交流施設として使う案を考えているらしい。

亜紀乃は帰郷を迷っていた。東京の部屋の契約は翌月で切れる。故郷の空き家バンクでは、映画館から徒歩五分の部屋を紹介された。だが、戻る理由を「映画館が好きだったから」と言うのは、二十九歳の決断として幼い気がした。

机の上に、二枚の半券がある。一枚は故郷の映画館で最後に見た青春映画。もう一枚は先週、東京で見た新作。古い半券は印字が消えかけ、新しい半券は電子化されて本当は紙さえ要らなかった。

過去は色褪せ、現在は形を持たない。そのあいだで、自分だけが歳を取ったように思えた。

上映会の日、一本目は途中で音が途切れた。二本目はフィルムが傷み、画面に白い線が走った。客席から失望のため息が漏れる。亜紀乃も、思い出の映画館が完璧な暗闇を返してくれると期待していた。

休憩時間、ロビーには昔と同じ甘いポップコーンの匂いがした。だが売っているのは町外から来た移動販売車で、古い売店は板で塞がれている。匂いだけでは、同じ場所には戻れない。その当たり前が、亜紀乃には救いだった。

上映後、司会者が「今後、何を上映したいですか」と尋ねた。

参加者は名作、子ども向け、地元作品と答えた。亜紀乃の番が来たとき、彼女は「上映しなくてもいいと思います」と言った。会場が静まった。

「映画館だったことを残しながら、違う使い方をしてもいい。昔と同じに戻す必要はないです」

言いながら、それは自分への答えでもあると分かった。

意見交換会の用紙に、亜紀乃は帰郷後の住所を書く欄を見つけた。まだ決めていない部屋の住所は書けない。代わりに、連絡先と「改修作業に参加希望」と記した。

二枚の半券は持ち帰った。ただし、古いほうを財布の一番前に戻すのはやめた。

故郷で映画の続きを見るのではない。上映されない時間を、自分の責任で使うために帰る。