上様、鯵を三枚に

 城下の祭礼の日、将軍の影武者・斑鳩伴内は御駕籠を取り違えた。

 本来なら城へ向かうはずが、着いたのは魚河岸。金襴の裃で降り立ったため、魚屋たちは一斉に平伏した。

「上様がお忍びで!」

「余は、その……民情を視察に来た」

 影武者の心得は、正体を問われても否定しないこと。伴内は腹をくくった。

「何か困り事はあるか」

「鯵が高うございます」

「では安くせよ」

「上様のお許しが出た!」

 魚屋が鐘を鳴らし、客が集まる。

「鰯も値下げを!」

「鰯もだ」

「蛸は?」

「足が八本もある。二本分まけよ」

「二割五分引き!」

「そういう計算になるのか」

 隣の乾物屋まで来た。

「昆布の税を軽くしてください」

「昆布は軽いではないか」

「税の話です」

「ならば薄くせよ」

「減税だ!」

 会話のたびに、勝手な触れ書きが増えていく。町奉行が青い顔で駆けつけた。

「上様、勝手に相場を変えられては」

「余が上様なら、勝手ではない」

「おお、名君!」と町人。

「いや、今のは理屈の確認だ」

 魚屋の女将が鯵と包丁を差し出した。

「せっかくです。上様の見事なお手並みを」

「余は刀なら扱える」

「魚も同じでございます」

「絶対に違う」

 断れば偽物と疑われる。伴内は震える手で鯵を押さえた。

「まず頭を落とします」

「打ち首だ!」

「腹を開きます」

「お裁きだ!」

「骨に沿って身を――」

「名奉行!」

 歓声に押され、なぜかきれいな三枚おろしが完成した。影武者になる前、伴内は漁師の息子だったのだ。

 そこへ別の駕籠が到着した。中から、本物の将軍が魚屋の前掛け姿で降りてきた。

「伴内、城は反対だぞ」

「上様こそ、その格好は」

「忍びの視察だ」

 町人は二人の顔を見比べた。

「上様が二人!」

 本物は皿の鯵を食べ、うなずいた。

「値下げの件、余が引き継ぐ」

 魚屋の女将は平伏する代わりに、もう一匹の鯵を差し出した。

「では本物のお手並みも」

「伴内、もう一度頼むぞ、伴内」

「上様!」

 将軍は二人、鯵は一匹だった。