世界のほつれを縫う
「《継ぎ手》は裁縫工房へ。聖戦には不要です」
大神殿の任命式で、聖女オルティアは申し訳なさそうに告げた。
【技能:触れた二つの切断面を、一本の継ぎ目として接合する】
布、革、割れた木皿。アニカの技能は便利だが、剣を強くもしなければ傷を治しもしない。しかも欠けた部分を作り直せず、切れた縁同士が残っていなければ使えない。
任命式の最中、空に黒い裂け目が走った。
魔王が封印の外から爪を立てたのだ。裂け目は大聖堂の天井から祭壇まで広がり、向こう側の赤い空から魔獣の腕が伸びる。聖騎士が斬っても、裂け目はさらに開いた。
「封印術を!」
「縁が崩れ続けて固定できません!」
神官たちの結界は、穴を塞ごうとして弾かれた。裂け目そのものが空間を食べ、石柱も光も吸い込んでいく。
アニカには、それが前世で見た破れた布にしか見えなかった。
穴の中央を埋める必要はない。裂けた左右の端を、もう一度合わせればいい。
「聖女様。あれにも、切断面はあります」
誰かが止める前に、アニカは祭壇へ駆けた。裂け目の左右へ腕を伸ばす。指先が触れたのは空気ではなく、氷より冷たい世界の縁だった。
技能を発動する。
右の縁と左の縁が引き寄せられた。魔獣の腕が途中で挟まり、黒い血を撒く。アニカは両手を離さず、縫い目を下から上へ滑らせた。
一歩進むたび、裂けた空が一本の細い線へ戻る。手袋が焼け、皮膚が裂けても、彼女は最後の端まで指を運んだ。
ぱちん、と糸を切るような音がした。
赤い異界は消え、青空だけが大聖堂の穴から見えた。残ったのは、空に走る銀色の一筋。縫い跡だった。
アニカが膝をつくと、聖女オルティアがその手を取った。最高位の治癒光が、焼けた指を包む。
「裁縫工房へ、と私は言いました」
「はい」
「世界より大きな布はないのに」
聖女は自分の白金冠を外し、アニカの頭へ載せた。
「訂正します。《継ぎ手》アニカ。あなたは神殿の補助職ではありません」
銀の縫い跡を見上げ、彼女は深く頭を下げた。
「世界が破れたとき、最初に呼ぶべき人です」