九桁目
奈倉征人警部補は、石室琢磨に押収金額を尋ねた。
「九千八百四十二万円です」
「違う。一億八百四十二万円だ」
「公式記録は九千八百四十二万円」
「だから、最初の一をどこへやったと聞いてる」
石室は麻薬取締班の会計担当だった。現金の一部を横領した疑いで拘束されている。押収品台帳には九八、四二〇、〇〇〇円。受領印は石室のものだ。脇坂捜査官は、彼が一千万円を抜き、帳尻を合わせたと見ていた。
「あなたが受け取る前に、一億あった証拠は」
「現場の計数機」
「印字紙は紛失している」
「写真がある。切られてなければな」
征人は現場写真を開いた。公開版には札束と計数機が写り、表示窓は九八、四二〇、〇〇〇。左端が不自然に画面外へ切れている。
「原版を見ろ」と石室が言う。
端末には脇坂から『画像は確認済み。誘導に乗るな』と届いた。
征人は石室を見た。横領の疑いを逃れるため、数字の桁を増やしているだけかもしれない。
「なぜ受領印を押した」
「九桁ある原票に押した。あとで八桁の写しと差し替えられた」
「それを今まで黙っていた?」
「言った相手が、脇坂さんだった」
石室は机へ一本の指を置いた。
「俺を守る必要はない。九桁目だけ守れ。数字は人間より嘘が下手だ」
征人は証拠サーバーの原画像領域へ入った。閲覧権限外だったが、撮影機器の自動バックアップは削除されていない。原版を開く。計数機の表示には、確かに「一〇八、四二〇、〇〇〇」。左端の一がある。
編集履歴では、脇坂の端末が画像幅を切り詰め、その十五分後に台帳が作成されていた。石室の受領より三時間前だ。消えた一千万円は、彼の管理下へ入る前に消えている。さらに原票の受領印には強い朱肉のにじみがあるのに、八桁の写しは輪郭が均一だった。石室の印影を画像で貼り付けたものだ。
監視窓の向こうで脇坂が立ち上がった。
征人は原版を最大表示し、八桁の台帳と並べた。石室の横領調書を閉じ、代わりに証拠改変報告書を開く。
画面の九桁目が切られないよう、原画像のハッシュ値ごと監察サーバーへ登録した。