九百八十八点の嘘
兼松遼祐はニュースを見るたび、発言者の顔の横に出る信用点数を確認する。高い数字の言葉ほど先に字幕へ採用される。誰を信じるか悩まなくてよい仕組みだった。
恋人の梨央奈が法廷に立つまでは。
彼女は元勤務先の役員から暴行を受けたと訴えていた。休職と通院で支払いが遅れ、信用点数は四〇三まで下がっている。
役員は九七二だった。
証言が食い違った場合、点数の高い者の言葉を事実として採用する。規則はそれだけだ。
梨央奈が、鍵を掛けられた会議室で何をされたか話す。声は震えていたが、一語も曖昧ではなかった。
役員は穏やかに否定した。
「彼女とは業務上の面談をしただけです」
判定画面に数字が並ぶ。
《原告証言:四〇三》
《被告証言:九七二》
《被告証言を事実として採用》
裁判官が虚偽告訴の可能性に言及した。
遼祐は傍聴席から立ち上がった。
「俺が見ました」
梨央奈が振り向く。
「会議室の扉が開いた瞬間、こいつが梨央奈を押さえつけていた。全部見た」
本当は、その時間、遼祐は別の区にいた。連絡を受けたのは三時間後だ。
係員が彼の顔を読み取る。
《兼松遼祐:九八八》
法廷が静まった。
役員の弁護士が抗議する。
「事前の供述書に、この証人はいません」
「供述書より、現在の信用点数が優先されます」
再判定。
《証人証言:九八八》
《被告証言:九七二》
《証人証言を事実として採用》
たった十六点で、嘘が事実になった。
役員の顔から初めて余裕が消えた。梨央奈は何も言わず、遼祐を見ている。
判決後、庁舎の階段で彼女が尋ねた。
「本当に見たの?」
「見てない」
遼祐は答えた。
「でも、お前が嘘をついてないのは知ってる」
梨央奈は泣きながら笑った。
「それ、同じじゃないよ」
端末が鳴る。
《公正な裁判への協力を評価》
《兼松遼祐:九百九十一点》
梨央奈は四〇三のままだった。
彼女の真実には一ポイントも加わらず、遼祐の嘘だけが社会に褒められた。
二人の後ろで、役員が警備員に連れていかれる。彼は遼祐へ叫んだ。
「嘘つきはお前だ!」
通行人の画面には、九百九十一点と、判決後に下がった九百三十点が並んだ。
誰も役員の言葉を聞かなかった。
遼祐は梨央奈の手を握る。救えたはずなのに、その手は以前より遠く感じた。これから彼女が真実を話すたび、九百九十一点の嘘が代わりに信じられるのだ。