二つのマグの水切り
朱音の最後の誕生日は、二人用のケーキが半分残って終わった。
凛が選んだのは、苺も飾りも少ないチーズケーキだった。朱音が甘いものを食べきれなくなってから、毎年の派手なホールケーキはやめた。それでも二人分は多く、残りは箱へ戻して冷蔵庫の上段に入れた。
「洗うの、明日でいいよ」
凛が言った。
朱音は流しに置かれた二つのマグを見た。青いほうは凛、白いほうは自分。白いマグの縁には小さな欠けがあり、口をつける場所を選ばなければならない。捨てようと何度も言われ、そのたびにまだ使えると答えた。
二つは付き合い始めた年に雑貨店で買った。色違いでも、形は少し違う。青いマグは取っ手が大きく、白いマグは底が厚い。凛は何度入れ替えても青を選び、朱音は欠けてからも白を選んだ。
「今日のぶんは今日」
「そういう性格だったっけ」
「最後まで育たなかったね」
凛が笑う。笑ったあと、蛇口へ伸ばした朱音の手を見て、代わろうとした。朱音は肩で止めた。
湯を出すと、ケーキの脂が白く浮いた。スポンジに洗剤を一滴。青いマグから洗う。取っ手の付け根に茶渋が残っていて、親指で強くこすった。
凛は食卓の紙飾りを外している。壁に貼った「HAPPY BIRTHDAY」のYだけが斜めだった。テープを剥がすたび、紙の文字がかすかに揺れる。去年は朱音が脚立に乗って貼り直した。今年は凛が低い位置に貼り、二人とも見上げなくて済んだ。毎年、貼るのが雑なのは凛で、直すのが朱音だった。今年は直さなかった。
青いマグをすすぎ、水切りかごへ伏せる。次に白いマグ。欠けた縁へスポンジが引っかかり、黄色い繊維が一本残った。朱音は爪でつまんで流した。
「それ、明日から私が使う」
凛が背中越しに言う。
朱音は振り向かない。
「口、切るよ」
「場所、知ってるから」
「右側」
「うん」
水を細くし、泡が消えるまで内側をすすぐ。取っ手の内側、底の輪、欠けた縁。いつも洗う順番を、今日はゆっくりなぞった。白い陶器の底に、天井の灯りが丸く映った。
朱音は蛇口を閉め、白いマグを青いマグの隣へ伏せた。