二つの搭乗口

空港の出発案内には、二つの便が並んでいた。

十九時十分、東京行き。

十九時二十五分、台北行き。

汐梨の財布には、両方の搭乗券が入っていた。

今日は沖縄で、大学時代の友人・海音の結婚式だった。汐梨は「月曜からまた会社」と皆に言い、東京行きの便を予約していた。

けれど一か月前、台北の語学学校から入学許可が届いた。半年間の集中課程。退職届も出した。家具も処分した。それでも家族にも友人にも言えず、東京行きの航空券だけを残していた。

戻れば、退職を撤回できるかもしれない。上司は「休職扱いでもいい」と言ってくれた。部屋は解約前だ。知らない土地で言葉につまずくより、元の暮らしへ戻る方がいくらでも自然だった。

式のあと、海音は空港まで同じ車に乗った。車内で夫の肩に眠る横顔は、幸福というより、長い一日を終えた普通の人に見えた。

別れ際、海音が言った。

「次はいつ会える?」

汐梨は「年末かな」と答えた。嘘ではない。東京にいても台北にいても、年末なら会える。

保安検査場を抜けたあと、二つの搭乗口は反対方向だった。

東京行きの待合には、いつものスーツ姿が多い。台北行きには、大きな荷物を抱えた人が並んでいる。汐梨の手荷物は、小さなキャリーケース一つだけだった。半年分には見えない。

海音から写真が届く。式の最後に投げたブーケを、汐梨が避けている瞬間だった。

〈逃げ足だけは変わらないね〉

汐梨は笑い、初めて事情を書いた。

〈今から台北へ行く。半年住む。黙っててごめん〉

送ると、東京行きの搭乗案内が始まった。汐梨の名前を呼ぶ放送はない。誰も彼女を引き戻さない。

台北行きの搭乗券を改札機へかざす直前、海音から返事が来た。

〈行ってらっしゃい。帰ってこなくても、会いには行く〉

汐梨はその言葉を許可証にはしなかった。海音が反対しても、同じ改札を通るつもりだったと思うことにした。

バーコードが読み取られ、扉が開く。東京行きの券は財布に残った。払い戻し期限は過ぎている。

汐梨は捨てなかった。戻らなかった未来にも、代金を払った証拠として持っていくことにした。