二度目の犯人

 土岐川百合は、古書喫茶「逆光」で一冊の古い推理小説を開いた。

 書き込みが多いため百円、と帯にある。最初の読者は赤鉛筆で容疑者を追っていた。若い女性秘書が黙るたび「怪しい」、泣くたび「演技」、上司をかばうたび「共犯」と書いている。

 ところが同じ頁へ、二度目に読んだらしい青鉛筆の字が重なっていた。

「黙らされた」

「泣いた理由を勝手に決めた」

「親切な上司だと思ったこと自体が罠」

 終盤、犯人の名の横には赤い丸がなく、青で一行だけ引かれている。「最初から証拠はあった。秘書の態度を証拠に数えたから見落とした」

 百合の鞄には、社内相談窓口へ出す記録が入っていた。直属の先輩は、深夜に私用メッセージを送り、断ると翌日の会議から外した。二人きりになると肩へ触れ、「期待しているから厳しくなる」と笑った。百合は日付と文面を保存したが、送信前に何度も文章を弱めた。

「私の受け取り方にも問題があるかもしれません」

「指導の一環だった可能性があります」

 先輩は普段、周囲に親切だった。困っている後輩へ菓子を配り、百合の失敗も一度かばってくれた。その事実が、ほかの記録すべてを曖昧にした。

 閉店時刻が近づくと、店主は推理小説の帯を外した。「犯人の書き込みあり」と赤く印刷された帯だった。捨てるのかと思うと、裏返して本へ巻き直す。裏面は青く、文字はない。書き込みを隠さず、犯人だけを売り文句にしない向きだった。

 会計後、店主は透明な袋へ本を入れた。赤と青の線が、どちらも同じ濃さで透けて見えた。

 百合は相談窓口の文書を開き、「受け取り方」「可能性」の二文を削除した。代わりに、送信時刻、会議から外された日、保存したメッセージの番号を箇条書きにする。親切にされた日のことは消さなかった。ただし、それを免責の理由にも置かなかった。

 送信ボタンを押すと、指が冷たくなった。正しさが確定したわけではない。調査も返答もこれからだった。

 それでも百合は、自分の態度ではなく、起きたことを証拠として提出した。

 包みの中では、二度目の青い線が、最初の赤を消さずに読み方だけを変えていた。