二重に買われた冬小麦

フィユナは公爵家の支援魔術師であり、家族からは「帳簿に触るだけの妹」と呼ばれていた。

彼女の術は、契約書へ残った魔力の癖を照合するものだった。同じ品を別名義で買おうとすると、文字が赤く光る。

兄カロムは当主就任の日、彼女を別邸からも追放した。

「商人の署名くらい私にも読める。身内だから置いてやった時代は終わりだ」

翌朝、冬小麦の購入会議が開かれた。

北商会が千袋、東商会が千袋。どちらも相場より一割安い。カロムは二枚の契約書へ迷わず印を押した。

昼過ぎ、同じ荷車が北門から入り、屋敷を一周して東門からもう一度入った。

袋の封蝋を変えただけの同じ小麦だった。

二つの商会は名前だけ違う同一業者で、前金は二重に支払われていた。しかも保管庫には千袋しか入らない。残りは雨の庭へ積まれ、夕方には袋の底が濡れ始めた。

業者を呼び戻そうとしたが、北商会も東商会も同じ時刻に事務所を畳んでいた。前金の受取人も同じ一人で、二つの印章は左右を反転させただけだった。値引きで得たはずの利益は消え、濡れた小麦の処分費まで公爵家持ちになった。

「なぜ今まで一度も起きなかった?」

老書記が、赤くならない契約書を見つめる。

「フィユナ様は署名を読んでいたのではありません。筆跡を変えても残る、契約者本人の魔力を照らしておられたのです」

同じころフィユナは、王立融資院の審査卓にいた。

三十枚の申請書から、名義を変えた重複借入を一件だけ抜き出す。院長エルザーンは判定印を彼女へ渡した。

「数字を増やす人間は多い。損失を起こる前に消せる人間は少ない」

止められた重複融資の金は、橋を直す職人組合へ回された。融資院の職員たちは、フィユナの赤い判定を「断る印」ではなく、「本当に必要な相手へ金を残す印」と呼んだ。初日のうちに主任審査官の席が用意された。

夜、公爵家の馬車が融資院へ着いた。

カロムは濡れた小麦袋を一つ持ち込み、低い声で言う。

「家へ戻れ。家族の失敗を外へ漏らさないなら、追放はなかったことにする」

フィユナは判定印を机へ置いた。

「公爵家との財務支援契約は、追放状を受け取った日に終了しています」