人口整理船の花屋

大庭萩乃は、地球外移送の抽選に当たった。

不死者が増え続ける地球では、百年ごとに人口整理船が出る。選ばれた者は定員十万人の低速船で、居住可能惑星を探す。到着まで推定千八百年。帰還便はない。

萩乃は地上で小さな花屋を営んでいた。花は人間と違って枯れるから好きだった。父の介護を理由に辞退申請を出したが、父は端末へ却下の署名をした。

「私を言い訳にするな」

「千八百年だよ」

「おまえは昔から、三日旅行するにも鉢植えを全部連れていこうとしたな」

父との最後の通信で、萩乃は泣きながら「帰る場所がなくなる」と訴えた。父は店の鉢へ水をやりながら答えた。

「場所はなくなる。帰りたい気持ちは持っていける。重さはないからな」

通信は発射時刻に切れ、それきりになった。

出航日、萩乃は店を閉めた。持ち込み荷物は二十キロまで。土は検疫で禁止され、花束も乗船口で回収された。彼女は何もない手で船へ入った。

船内の壁は白く、季節がなかった。最初の一月、萩乃は店の開店時刻になるたび自室の扉を開け、誰もいない廊下へ『いらっしゃいませ』と言った。やめた日は、店を二度失った気がした。乗客たちは部屋番号で呼び合い、地球の話をすると未練が増えると避けた。

萩乃は配給紙の裏に、故郷の花の名前を書き始めた。桜、露草、彼岸花。隣室の男が「僕の町には雪割草があった」と言った。別の女性は、砂漠に一晩だけ咲く花を描いた。

やがて船室の扉には、各地の植物名が貼られた。食堂は〈銀杏〉、医務室は〈月下美人〉、機関室は〈鬼薊〉。番号だけだった船に、失われた土地の匂いが戻った。

百年後、萩乃は水耕区画の管理者になった。食料用の豆の中に、検疫記録にはない小さな種を見つけた。父が上着の縫い目へ隠したものだった。地球の朝顔だった。

規則なら廃棄すべきだった。萩乃は一粒だけ培養槽へ沈めた。

芽が出た朝、千八百年の旅が初めて「途中」になった。萩乃は花屋を失ったのではない。店より長い道のりを持つ、最初の鉢を手に入れた。

朝顔は窓のない船で、人工照明の夕方に咲いた。