何も買わない商店街
乙部匡哉と小野寺圭吾は、日曜の午後、古い商店街を端から端まで歩いた。
目的はない。
圭吾が「家にいると昼寝で終わる」と言い、匡哉が「歩くだけなら金がかからない」と答えたのが始まりだった。
最初の店は帽子屋だった。
店先に、いつ売れたのか分からない山高帽が一つある。
「圭吾、似合う」
「顔も見ずに言うな」
「人生を変えたいなら帽子から」
「変えたくない」
二人は硝子越しに眺め、入らなかった。
次は金物屋。
色違いのやかん、長さの違う刷毛、用途の分からない金具。
「これ、何に使う?」
「店主に訊けば」
「買わないのに申し訳ない」
「じゃあ一生分からない」
分からないまま通り過ぎた。
圭吾は最近、休日に一人でいると不安になると言った。
「何かしないと、月曜に説明できない感じ」
「誰に説明するの」
「自分」
「今日の報告は、山高帽を見た」
「弱いな」
「謎の金具も」
「少し強くなった」
二人は八百屋の前で、焼き芋の匂いに止まった。
何も買わないと決めていたわけではない。一本を買い、半分に割ってもらう。
新聞紙越しに熱が掌へ伝わった。
歩きながら食べると、皮の焦げた香りと、ねっとりした甘さが口へ広がる。
文房具屋では、店番の老人が外へ椅子を出していた。
「休んでいきな」
買い物客でもないのに、二人は座った。
老人は店の奥へ戻り、ラジオの野球中継だけが聞こえた。
「何もしなくていい椅子って、貴重だな」
圭吾が言う。
「公園にもある」
「商店街の椅子は、少し借りてる感じがする」
「返却時刻は?」
「試合が一回終わるまで」
十分ほど座り、また歩いた。
結局買ったのは焼き芋だけだった。帽子もやかんも謎の金具も、町に残した。
商店街の終わりには小さな神社があり、二人は石段へ腰を下ろした。
「報告、何てする?」
「何も買わなかった」
「焼き芋」
「二人で一本だから、半分」
帰り道は同じ商店街を戻った。
さっき見た山高帽が、夕方の硝子に少し寂しく映っている。
「次、試着だけする?」
「買わないぞ」
「人生は変えない」
コートの袖には焼き芋の甘い匂いが残り、靴には一往復ぶんの疲れがあった。
何も持ち帰らない休日は、町の物を町に置いたまま、二人の話だけをゆっくり増やした。