保留音の向こう
【月次業務報告】
江見堂澄音。
受電件数、ゼロ。
売上貢献、算定不能。
銀行の問い合わせ窓口を請け負う会社で、澄音は電話を取らなかった。代わりに録音を毎日百件聞き、担当者が迷った質問を拾い、回答集の言葉を直した。制度変更があれば、似た質問へつながる枝を増やした。
統括部長の大和田典久は、報告書のゼロだけを見た。
「一件も客と話さず、資料をいじるだけ。給料泥棒の席はない」
澄音は月末で解雇され、回答集の更新は各班長の兼務になった。
【翌月】
平均保留時間、三分十二秒増。
再入電率、二・四倍。
【翌々月】
相続口座の案内で必要書類を誤り、顧客が支店を三度往復。住宅ローンの繰上返済では古い手数料を案内。銀行から是正要求。
班長たちは忙しく、回答集へ一行足すだけだった。誰が直したかも、どの制度と関連するかも残らず、翌日には別の班が反対の説明を追記した。似た制度同士の矛盾は放置され、新人ほど検索結果の一番上を読んだ。
大和田は「現場の習熟不足」と報告した。
【三か月後】
重大案内ミス、十四件。
銀行から契約解除予告。
澄音は競合会社へ移り、音声認識と回答集をつないでいた。画面には答えだけでなく、「なぜこの質問にその答えを出したか」が表示された。新人が迷うと、澄音が見つけた過去の会話まで辿れた。回答を変えれば影響する項目が自動で示され、矛盾を公開前に止められた。
銀行は二社を呼び、最終改善審査を行った。
大和田は人員を五十人増やす計画を説明した。澄音の新会社は、同じ人数のまま実演した。複雑な相続相談に新人が一度で正しく答え、保留は二十秒だった。
銀行の担当役員が報告書を閉じた。
「江見堂さんの受電件数は、今もゼロです」
大和田が勝ち誇った顔をした。
役員は次のページを開いた。
「ですが、彼女の回答を使った正答件数は月十一万件です」
五年間の委託契約が競合会社へ提示され、旧会社には解除通知が送られた。
【最終業務報告】
江見堂澄音。
全窓口への貢献、算定完了。
契約総額、旧会社の年間売上を上回る。