倒れた苺は戻さない

堀江朋佳の前で、苺のタルトが片側へ崩れていた。

親友が結婚式の試作として焼いたものだった。型から外すときに底が割れ、苺が三つ、皿の縁へ転がった。バターの匂いは甘いが、底の生地は柔らかすぎ、フォークを入れると形を保てない。苺の酸味だけがはっきりしていた。

「本番までには直す」

親友は転がった苺を中央へ戻そうとした。朋佳はフォークでその手を止めた。

来月の結婚式で、朋佳は友人代表の挨拶を頼まれている。原稿には、十二年分の思い出を書いた。深夜のファミレス、就職に落ちた日、二人で借りた小さな部屋。けれど最後の段落だけ書けない。

朋佳は親友を好きだった。友情という名前では足りないことに気づいたのは、婚約を知らされた夜だった。親友が泣きながら指輪を見せ、最初に朋佳へ報告したことがうれしかった。そのうれしさの底に、何かが終わった感覚もあった。朋佳は自分でも驚くほど上手に祝い、式場探しまで手伝った。

告げるつもりはない。親友を困らせたくないし、結婚を壊したいわけでもない。ただ、何もなかった顔で祝辞を読み、これからも一番近い友人でいる自信がなかった。原稿の最後には、〈これからも誰より近くで〉と書きかけた。そこまで読む自分を想像すると、祝う言葉が約束を奪う言葉へ変わった。

親友はいつも、ケーキのいちばん大きな果物を朋佳へくれた。今日も、転がった三つのうち最も赤い苺を、朋佳の前へ置こうとしている。

朋佳はタルトを細く切った。苺のない端だけを自分の皿へ取り、崩れた生地をすくって食べた。柔らかな底はフォークから落ちそうになり、それでも皿へ戻さず口へ運んだ。

大きな苺には触れなかった。親友がもう一度こちらへ寄せたので、朋佳はそれをタルトの中央ではなく、向こう側へ戻した。

「挨拶、別の人に頼んで」

親友の指が止まる。

朋佳は理由を説明しなかった。代わりに、用意していた祝辞の紙を四つに折り、食べなかった苺の横へ置いた。

最後に、自分の皿へ残った生地を一口だけ残した。全部食べれば、今日までの気持ちまできれいに片づけたふりになる。

親友は倒れた苺を直さず、祝辞の紙にも触れなかった。代わりに、朋佳の皿へ寄せていたフォークを自分の側へ戻した。問い詰めず、いつも通りを続けるための道具だけを引いた。

帰るとき、タルトはまだ崩れたままだった。朋佳は残した一口を包んでもらわなかった。持ち帰れば、部屋で続きを食べ、言えなかった言葉まで自分だけで片づけてしまうからだ。

けれど、朋佳の席にいちばん大きな苺はなかった。