借り物の制服

文化祭のレトロ喫茶が終わった教室で、日和は借り物の制服を脱いだ。

準備中にジュースをこぼし、スカートが使えなくなったため、衣装係の柊が予備の詰襟ジャケットとスラックスを貸してくれた。最初は笑いを取るための格好だった。けれど一日中それで接客しているうちに、日和は自分の足がいつもよりまっすぐ床に立っている気がした。

客からもクラスメイトからも、「似合う」と言われた。冗談ではなく、ただ事実のように。集合写真では、スラックスのポケットに両手を入れた自分が、いつもより肩を開いて立っていた。誰かの真似をした格好ではなく、初めて自分の輪郭に合った服を着たように見えた。

閉会後、教室の隅に立てた更衣用カーテンの中で、元のスカートへ戻る。腰に布が触れた瞬間、急に自分が借り物へ戻ったようだった。

制服をたたみながら、日和は何度も折り目を直した。返したくないわけではない。自分にも選べる形があると知ったことを、返したくなかった。

「そんなに丁寧にしなくても、洗うよ」

カーテンの外で柊が言った。

日和は制服を抱えて出た。スラックスの裾から、真鍮のボタンが一つ落ちる。

柊は拾い、日和の掌へ置いた。

「学校の事務室に、女子用スラックスの申請書あるらしいよ」

驚いて顔を上げると、柊はもう衣装箱を閉じていた。理由も、決意も、訊かなかった。

日和の家では、髪を伸ばしたほうがいい、座るときは膝を閉じなさいと、女の子らしくする方法を何度も教えられた。悪意ではないからこそ、苦しいと言えなかった。スカートが嫌なのではなく、選べないことが苦しかったのだと、借りた一日で初めて分かった。申請したら、先生にも家族にも説明が必要になる。明日から急に怖くなくなるわけではない。

それでも翌朝、日和は借りた制服を紙袋へ入れ、ボタンだけをポケットに残した。教室へ行く前に事務室へ寄る。

「スラックスの申請書をください」

声は小さかったが、窓口の人には届いた。

借り物は返した。似合うと感じた自分までは、返さなくてよかった。