停電したサビ
軽音楽部の演奏中、体育館の電気が落ちた。
二曲目のサビへ入る直前だった。アンプもマイクも照明も一斉に消え、真っ暗な客席から短い悲鳴が上がった。
ギターの篠宮侑生は、弦を押さえたまま動けなかった。
文化祭ライブのために作った曲だった。作詞は侑生、作曲はベースの友人。何度も喧嘩し、歌詞を削り、昨日ようやく完成した。サビだけは全校生徒に届く音量で鳴らしたかった。
非常灯が点く。
顧問が袖から中止の合図を送った。
ドラムが、スティックを一本ずつ鳴らした。
カッ、カッ、カッ、カッ。
電気のないエレキギターは、小さな箱のような音しか出ない。それでも侑生は弾いた。隣でベースも、生音の低い響きを重ねる。
ボーカルがマイクを置き、舞台の端へ出た。
「聞こえる?」
前列が「聞こえる」と答えた。
歌が始まる。
後ろの席までは届かない。客が静かになるほど、体育館の広さだけがわかった。
一番が終わり、問題のサビが近づく。
侑生は、自分の書いた歌詞が急に恥ずかしくなった。大音量なら隠せると思っていた言葉が、裸の声で聞かれてしまう。
『明日が違う道でも――』
ボーカルの声に、前列の誰かが続きを重ねた。
『今日の名前を呼ぶ』
練習を見に来ていた部員だった。
次の小節では、さらに何人かが歌った。歌詞カードなど配っていない。昼休みに校内放送で流したデモを覚えていたらしい。
二度目のサビ。
今度は客席の半分が歌った。
音程はばらばらで、歌詞を間違える声もある。それでも電気の切れた体育館に、人の声だけが満ちていく。
最後のコードを鳴らした瞬間、照明が戻った。
眩しさの中、客席の全員が口を開けていた。
演奏後、侑生は録音係へ駆け寄った。
「途中までしか録れてない」と言われた。
停電と同時に機材も止まっていた。あのサビは、映像にも音源にも残っていない。
「最悪」と侑生は言った。
「もう一回やる?」
「無理」
同じ停電も、同じ声も二度とは作れない。
文化祭が終わってから、その曲は何度も演奏した。ライブハウスではもっと大きな音を出し、録音もきれいにできた。
けれど侑生が一番よく覚えているサビは、アンプから一音も出ていなかった。
自分たちの曲が初めて誰かのものになったのは、音が消えた瞬間だった。