偽りの不倫写真
諸星汐音の前に、ホテルの写真が五枚並べられた。
見知らぬ男が、ロビーで汐音の肩を抱いている。義母の恵津子は勝ち誇り、義父の勝久は離婚届を置いた。夫の将仁は母の隣で腕を組む。
「不倫した嫁に財産分与はない」
「慰謝料として、この家から何も持たずに出なさい」
「母さんが証拠を押さえてくれた。言い逃れは無理だよ」
あの日、汐音は「将仁が倒れた」と知らされ、指定されたホテルへ駆けつけた。男は道を尋ねるふりで近づき、突然肩をつかんだ。数秒後には消えていた。
汐音は写真を一枚ずつ見て、最後に尋ねた。
「撮った人は誰?」
「匿名の親切な方よ」
恵津子が答えた。
汐音は自分の鞄から、同じ場面を別角度で撮った写真を出した。柱の陰でカメラを構える勝久、その横で男へ合図する恵津子、車内で待つ将仁まで写っている。
三人の顔が固まった。
汐音は、最初の脅迫メッセージを受け取った時点で調査会社へ相談していた。調査員はホテル周辺の映像を保全し、男の身元も確認した。恵津子の従弟で、勝久から五十万円を受け取っていた。写真の撮影者も、将仁の友人だった。
さらに、三人のグループチャットが印刷されていた。
《汐音を有責にすれば、将仁の貯金も家も守れる》
《会社にも写真を送って、反論できなくしよう》
《泣いたらその場で離婚届に押させる》
実際、写真は汐音の勤務先と両親にも送られていた。
代理人弁護士が入室し、請求書を置く。
「婚姻破綻を目的とした計画的な名誉毀損、脅迫、偽証工作です。慰謝料一千五百万円、休業損害、調査費、虚偽情報の拡散による損害を含め、三名へ合計三千六百万円を請求します」
将仁は写真を破ろうとした。
「夫婦の話だ。大げさにするな!」
「勤務先へ送った時点で、夫婦の中ではありません」
勝久が離婚届を引っ込める。
「証拠があるなら、こちらも財産を動かす」
弁護士は静かに首を振った。
「昨夜、勝久さんの会社へ移した将仁さんの預金も確認済みです。詐害行為として保全を申し立てました」
その瞬間、三人の携帯へ銀行から通知が届いた。
《裁判所命令により対象口座を凍結しました》
汐音は偽りの写真の上へ、本物の仮差押決定書を重ねた。