公式アカウントから推しを叫ぶ

藤代朱音は、会社の公式SNSから「最高すぎる」と投稿してしまった。

雨粒少年というバンドの新曲を聴き、ファンアカウント「濡れたマッチ」で感想を書くつもりだった。だがブラウザには会社のアカウントが開いたままだった。

七秒で削除した。それでも通知を受け取った人はいる。しかも投稿には、ファンが使う青い傘の絵文字が三つ並んでいた。「濡れたマッチ」が毎回使う印だ。

朱音は会議室へ駆け込み、運用責任者に報告した。やってしまった、と謝りながら、自分がそのファンアカウントだと説明する。責任者は驚いたが、まず投稿ログと権限設定を確認した。

「趣味の告白会じゃない。事故の原因を直す会にしよう」

個人用と業務用のブラウザを分けていなかったこと、投稿前の確認者が不在だったこと、夜間の権限を一人に集中させていたこと。責任者は朱音だけの失敗にせず、手順の穴を一覧にした。

社内では、誤投稿の内容を面白がる声も出た。だが同僚が「個人アカウント探しは禁止」と先に釘を刺した。青い傘から「濡れたマッチ」へたどり着いた人がいたかは分からない。

朱音にとって、そのアカウントは帰宅後の遊びだけではなかった。新人時代、失敗して眠れない夜に曲を聴き、感想を書くことで次の日へ気持ちを運んだ場所だ。だから業務用画面へ混ざったことは反省しても、存在そのものを消して事故の証拠にしたくなかった。会社の端末からログアウトし、個人用の表示色も変えた。

翌日、会社は簡潔な訂正を出し、運用ルールを更新した。朱音に処分はなく、再発防止の担当を任された。

夜、彼女は「濡れたマッチ」で新曲の感想を書き直した。昨日までなら青い傘を消していたかもしれない。

〈仕事の画面では叫ぶ場所を間違えました。でも、好きだという気持ちまで誤送信だったことにはしません〉

投稿ボタンを押す前に、アカウント名を指差し確認した。

今度の「最高すぎる」は、きちんと自分の場所へ届いた。

朱音は青い傘を三つ、今度は迷わず添えた。