六十秒の視線
煙路ミレアは目を閉じたまま、崩れた礼拝堂を歩いた。
《視線封鎖》
他プレイヤーと相互に視線が合っている間、ログアウト待機時間は停止します。
非相互状態を六十秒維持すると退出できます。
PK《監視者グラス》が周囲を回る。
「目を開けろ。段差がある」
彼は標的と目を合わせ続け、ログアウトを永遠に止める。触れなくても殺せる。疲労と恐怖で目を開いた瞬間を狙うのだ。
ミレアの待機表示は十二秒。
「右へ二歩。次は穴だ」
グラスの声は親切そうだ。だが彼女は音の反響で、穴が左にあると判断する。
二十七秒。
遠くで仲間の悲鳴がする。録音か本物か分からない。
「見れば助けられる」
ミレアの瞼が震える。
四十一秒。
足先が礼拝堂の縁へ触れた。あと一歩で谷。グラスは黙る。落ちれば所持品が回収できないから、本当は止めたいはずだ。
ミレアは前へ体重をかけた。
「止まれ!」
グラスが腕を掴み、反射的に自分から顔を背けて引き戻す。
相互視線どころか、彼の方が先に視線を外した。
五十九、六十。
ログアウト光がミレアを包む。
彼女は最後まで目を開けない。
「逃げるのか!」
「見ないと戦えない人からね」
現実へ戻る直前、仲間の悲鳴が偽物だったと表示される。グラスは視線だけで人を縛れると信じ、相手が自分を見る必要もあることを忘れていた。
《非相互視線状態:六十秒》
《ログアウトを実行》
現実へ戻ったミレアの手には、グラスが掴んだ痣の感覚だけが残った。ログアウトは逃走成功でも、恐怖の消去でもない。
礼拝堂側では、グラスの視界へ自分の顔を映す鏡が残されていた。次の標的がいないため、相互視線判定は自分の反射像とだけ成立する。
彼は初めて、六十秒間誰にも見られない状態に耐えなければログアウトできなくなった。
ミレアは救助員へ、仲間の悲鳴が偽音声だったログを渡す。目を開けなかったことで救えなかった人はいない。それでも「見れば助けられる」という言葉に揺れた自分を、弱さとは呼ばなかった。
《拘束者を訂正――見られていたミレアではなく、獲物が目を開けることへ依存していた監視者グラス》