内線六一四

雪村巴警部補は、壁から抜いた細い銅線を掌に載せた。

中古携帯の闇取引に通じた情報屋・田丸ヨハンは、最後の通報でこう言った。

――俺はいま警察の中にいる。内線六一四からかけてる。留置記録には載ってない。

受理員が署名を尋ねると、ヨハンは笑った。

――署名させる前に、仲間の名前を全部言わせる部屋だよ。

背後で誰かが机を叩き、通話は途切れた。通信記録上、発信元は確かに県警本部の内線六一四。しかし設備台帳では十年前に廃止され、空き番号になっている。情報管理課は回線の混線として報告を閉じた。

巴は一度だけ、旧庁舎地下の現場検証を許された。六一四の差込口は倉庫の壁に残っていた。表面は埃だらけだが、裏側には新しい銅線が接続され、隣の無記録聴取室まで伸びている。受話器を上げれば、外線発信もできた。

「保守業者の置き忘れだ」

同行した警務部長が言った。

「業者の入館記録はありません」

「なら職員の私用だ。ヨハンが勝手に侵入した可能性もある」

巴は聴取室の床を見た。椅子の脚の下に、ヨハンがいつも吸っていた輸入煙草の薄青いフィルターが落ちている。机には結束バンドの擦れ跡。だが採取を命じれば、地下室を使っていた複数部署が調査対象になる。

警務部長は低く言った。

「この部屋は非公式の事情聴取に使うことがある。テロや誘拐では手順を待てない。存在を公にすれば、過去の供述が全部争われる」

「ヨハンはどこです」

「知らん。犯罪者同士で消えたんだろう」

巴は通報の末尾を再生した。机を叩く音の直前、男が「名簿を出せば帰す」と言っている。警察がヨハンを拘束していなければ、出ない言葉だった。

「銅線一本で組織を売るのか」と部長が問う。

巴は線を証拠袋へ入れた。

「この線をつないだ人が、先に組織を売っています」

彼女は差込口、煙草、机の擦れ跡を現場記録へ追加し、無記録拘束の疑いとして検察官立会いの再検証を申請した。最後に銅線入りの袋を、六一四と書かれた壁の前へ置いた。