冷凍便の空容器
十四時五十分。矢作充希は営業所の発送台で、空の保存容器を箱へ詰めていた。富山にいる都築菜央から、月に一度カレーが冷凍便で届いた。充希は食べ終えると、同じ容器に東京の菓子を入れて返した。蓋の角には、初回の配送で欠けた三角形がある。菜央はそこへ赤い油性ペンで唐辛子を描き、充希は返送するたび色を塗り直した。今では蓋より、その小さな絵のほうが濃い。カレーの辛さは会えない月ほど強くなり、充希は空になった容器の底へ、その月の交通費を使わず貯めた額を書いた。
今月の箱にはカレーがなく、容器と合鍵だけが入っていた。
付箋には〈これで最後にしよう〉。
充希は昨夜から何度も電話したが、菜央は出なかった。三年の遠距離で、会う予定が配送予定へ変わり、声より不在票を見る回数が増えた。半年前に東京へ来ないかと聞くと、菜央は「店を捨てられない」と答えた。実家の食堂を継ぐ彼女に、もう一度言う勇気はなかった。
集荷車が出る十五時まで十分。充希は合鍵を容器へ入れた。返送品名を〈空容器・鍵〉と書く。
十四時五十四分、営業所の自動扉が開いた。菜央ではなく、厨房機器会社の男が大きな段ボールを運び込む。送り状の依頼主欄に、都築菜央の名があった。届け先は充希の住所と同じ町内。
「これ、近くで店を開く方の荷物です」
充希は男を呼び止めた。
携帯に、圏外だった菜央から音声が届く。トラックで山道を走り、送信が遅れたらしい。
『最後にしよう、冷凍で送るのは。東京に小さな店を借りた。次から食べに来て』
続いて、新店舗の鍵の写真。充希の合鍵と同じ、欠けた唐辛子のキーホルダーがついている。二つを並べて買った片方だった。
十四時五十八分。菜央から〈今、どこ?〉。
充希は発送箱を開けようとした。だが合鍵は容器の底へテープで固定し、上から緩衝材を詰めてある。係員が「集荷済みです」と箱を台車へ移した。
「止めてください」と言えば間に合った。それでも、付箋の一文だけで関係を畳んだ自分を、菜央の新しい店へ持ち込むのが怖かった。
十五時。冷凍便の扉が閉まる。
充希は〈おめでとう〉とだけ返信し、合鍵を載せた配送伝票に受領印を押した。