制服のない影

残っていたのは、百六十掛ける九十画素の画像だけだった。

壬生朱里画像分析官は、荒れた点を一つずつ整えた。市庁舎前の抗議活動で記者が拘束され、階段から落ちて重傷を負った事件。現場隊員のボディーカメラ映像は一括して消え、サーバーには自動作成された小さな一覧画像だけが残っていた。

「会見では、この部分を使う」

大河内警備課長が、画面の右半分を四角で囲んだ。記者が警察官の腕へ手を伸ばしているように見える部分だ。

「左は群衆で見づらい。切れ」

朱里は左側を拡大した。人物の顔は潰れている。だが地面に伸びる影は鮮明だった。ヘルメットをかぶった隊員が五人。その後ろに、つばのない頭と細い革靴の影が一つある。制服姿ではない。

公式の配置表に、私服警察官はいない。

影の主は、記者の肩へ腕を伸ばしていた。右手の形は、人差し指を階段下へ向けている。その直後の一覧画像で、記者は画面から消える。

「誰ですか」

朱里が尋ねた。

「影で人を特定するな」

「現場にいた人数は特定できます」

「警備会社の者かもしれない」

「革靴の底に県警式典用の鋲があります。庁舎玄関の床へ同じ跡が残っていました」

大河内は画面を閉じた。

「本部長付きの警護官が様子を見に来ただけだ。配置外だったから名前を出していない。それ以上、掘るな」

警護官が現場へいたと認めれば、暴力的な排除が上層部の指示だった疑いが生まれる。映像が消えた理由も変わる。大河内は朱里へ、切り抜き画像の真正性証明を求めていた。

「右半分だけなら、嘘ではない」

彼は言った。

「記者が隊員へ触れた事実は映っている。余計な影を残せば、県警が政治介入したと騒がれる。君の部署も解体されるぞ」

朱里は再び元画像を開いた。小さすぎる画像は、何も語れないのではない。切る側が、語らせたいことだけを残せるのだ。

会見用フォルダには切り抜きを保存した。ただし真正性証明は付けず、隣に元画像と拡大手順を入れる。報告書の人数欄を「警察官五名」から「制服五名、制服外一名」へ改めた。

最後に、削除された映像群の復旧要求書を添えて、大河内ではなく監察室の共有箱へ移した。

制服のない影だけが、画面の左に残った。