削る九秒
披露宴の映像上映まで十分。赤城宗一は編集卓で、佐伯ひよりから「九秒だけ削って」と頼まれた。
学生時代の仲間が撮った映像をまとめた記念ムービー。その中に、二十二歳のひよりがカメラへ笑い、〈宗一と結婚する〉と言う場面があった。
二人はその半年後に別れた。宗一は、ひよりが過去を新郎に隠したいのだと思った。
「全部見せたうえで結婚するんじゃなかったのか」
「見せたよ。彼も、この場面を残していいって」
「じゃあ、どうして消す」
「九秒、最後まで聞いて」
宗一はタイムラインを拡大した。ひよりの言葉のあと、カメラは切れずに回っている。画面外の若い宗一が、仲間に聞こえる声で笑った。
〈無理だよ。あいつ、重いもん〉
その直後、ひよりの笑顔が固まる。宗一はその夜を覚えていなかった。冗談のつもりだったのだろう。編集用ヘッドホンでは、若い自分の笑い声だけが妙に鮮明で、会場の空調音より近く聞こえた。だが映像には、聞いてしまった人の顔が残っている。
「これが、別れた理由だったのか」
「全部じゃない。でも、最初の傷」
「なら、俺が謝るところまで入れれば」
「今日、あなたを悪者にしたくない」
新郎が編集室へ入ってきた。
「僕は残していいと言いました。ひよりが誰を好きだったかも、その人に傷つけられたことも、今の彼女の一部だから」
「それでも消したいのは?」
「宗一のため」とひよりが言った。「あなたの友達も見る。今さら、あの一言だけであなたを判断してほしくない」
宗一は、彼女が自分との過去を消そうとしているのではなく、自分の最悪の九秒を守ろうとしていると知った。別れたあとも彼女は、最後まで彼を悪人にしなかった。
上映開始のカウントが画面に出る。
宗一はひよりの〈結婚する〉を残した。その後ろの自分の声だけを波形ごと切り取り、笑顔が曇る直前で次の映像へつないだ。
エンターキーを押す。書き出しが始まると、削除された九秒ぶんだけ、進行バーが早く終点へ着いた。