勇気一口分

薬師組合の査定会で、若い職人たちの給金が半分にされることになった。

理由は「研修費」。けれど帳簿を作ったコレットは知っている。研修など一度も開かれていない。浮いた金は組合長の新しい温室へ流れていた。

朝、後輩の一人が「今月は薬草パンだけで暮らします」と冗談を言った。笑った口元が青かった。コレットは帳簿を握りしめたが、組合長に呼ばれ、「余計な数字を読める人間は嫌われるよ」と静かに釘を刺された。

異議を唱えれば職を失う。黙れば、後輩たちは冬を越せない。

会議の直前、コレットは路地の「勇気を量り売りする店」へ入った。

「一言だけ、怖がらずに言える勇気をください」

店主は指先ほどの小瓶を出した。

「この薬は一つの文を言わせる。代金は、誰かがその文をあなたのために言ってくれた記憶だ」

コレットが言いたい文は決まっていた。

――その契約は不当です。

五年前、見習いだった彼女へ危険な作業を押しつける契約書が出されたとき、師匠のオスカが査定会でそう言った。声は震えていた。それでも署名を拒み、コレットを守った。翌月、オスカは辺境の支部へ飛ばされた。

出立の日、彼は勇気について何も語らなかった。ただ帳簿の余白へ、「読める数字から目を逸らすな」と書いた。その筆跡を、コレットは今も真似できる。

「あの人が言ったことまで忘れるんですか」

「言葉を言った場面だけ。恩を受けたという形は残っても、誰が立ち上がったかは曖昧になる」

自分を守ってくれた勇気を失い、その勇気で誰かを守る。

会議室から鐘が鳴る。

コレットは小瓶を飲み干した。苦い液が喉を通ると、査定会の隅に立つオスカの姿が薄れた。誰かが何かを言ってくれた気はする。けれど顔も声も、もう結びつかない。

扉を開ける。

組合長が笑いながら契約書を配っていた。後輩たちは俯き、誰も手を上げない。

コレットは卓上へ帳簿を置いた。

「その契約は不当です」

言葉は震えなかった。

ただ、なぜか初めてではない気がした。