匿名の拍手
四方田絢音の評価面談は、配信画面の向こうから聞こえる拍手を再生しながら行われた。
企業イベントの配信会社へ入って十か月。前日の新製品発表会は成功し、司会者と演出担当には名指しの礼状が届いた。海外の視聴者と、音声を聞き取りにくい参加者のために、字幕は全編へ付く契約だった。絢音の評価欄だけ、〈指示待ち〉のままだった。
「裏方でも、もっと存在感を出さないと。何をしたか上から見えない」
上司はそう言った。絢音は、拍手の直前まで記録を戻した。外国語の自動字幕が突然、意味のない文字列へ変わっている。
会場のマイクは第二音声へ切り替わったのに、字幕装置は第一音声を聞き続けていた。新人オペレーターは配信を再起動しようとしたが、絢音は止めた。再起動すれば映像まで二十秒落ちる。彼女は字幕装置の入力だけを第二音声へ差し替え、新人には元の録音を残すよう声をかけた。字幕が乱れたのは七秒で済み、視聴者の画面は一度も暗くならなかった。絢音の手元にだけ復旧時刻の小さな通知が残った。チャットには一件だけ「字幕が戻った」と流れ、その直後、会場の拍手が画面越しにも膨らんだ。
「それなら報告書に、自分が復旧したと書けばよかったのに」
「原因を個人名にすると、次も同じ配線で起きます」
絢音が提出した報告書には、開演前に映像・音声・字幕の入力番号を三者で読み上げる確認欄が増えていた。誰かが黙って直すのではなく、接続先を全員が同じ言葉で確認できる形にした。新人はミスをした人ではなく、新手順の確認者になっている。
上司は、会場で指揮を執るフロアディレクターへの昇格を勧めた。客から見えやすく、評価も得やすい役割だ。
絢音は、別の募集票を指した。複数配信を遠隔監視する運用リーダー。拍手は届きにくいが、止まりかけた配信へ最初に手を伸ばせる。
評価項目へ〈予防した障害〉と〈共同復旧者〉を追加する条件が認められると、絢音は次の国際配信の運用責任者欄に署名した。