十三段目を踏まないで

椎名真白が借りようとしたアパートの階段には、十二段目と十四段目のあいだに、細い一段が挟まっていた。

そこへ足を置いて願えば、面倒な過程を飛ばして結果だけが手に入る。ただし、飛ばした過程と同じ重さの何かを失う。

〈段野不動産〉の段野恭一は、銀の石突きがついた杖で問題の段を叩いた。

「段差に、お気をつけて」

「願わなければ平気なんですよね」

「人は踏んでから願っていないと言い張ります」

真白には、叶えたいことがあった。親友に許してもらいたい。

二人で作った企画を、真白は自分一人の案として社内コンテストへ出した。先に提出しなければ別部署に取られると思った。受賞後に説明するつもりが、親友は結果だけを知り、連絡を絶った。

「『許してほしい』と願ったら、何を失いますか」

「分かりません。謝る言葉かもしれない。相手と出会った記憶かもしれない。相手そのものが、あなたの人生から消える場合もあります」

恭一は淡々と告げた。真白は十三段目を見つめた。許された結果だけが残るなら、それでいいようにも思えた。

「卑怯ですよね」

「評価はしません。当社は階段の管理会社です」

そう言いながら、恭一は杖を横にして十三段目を塞いだ。

「ただし、内見中の事故は防ぎます」

彼は踊り場へ折り畳み椅子を置き、真白に謝罪の練習をさせた。言い訳を始めるたび、銀の杖先が一段鳴る。

「取られそうだったから」

「一段戻る」

「悪気はなかった」

「もう一段」

「私が評価されたかった。あなたの名前を消した。ごめんなさい」

そこで杖は鳴らなかった。

真白はその日のうちに、受賞の辞退と共同制作者の訂正を会社へ申し出た。親友へは、返事を求めず、会って謝りたいと送った。既読はついたが、返信はない。

翌日、退去前の確認で階段を下りた真白は、足を滑らせた。靴先が十三段目へ触れる寸前、恭一が杖を差し入れる。

銀の石突きが段へ当たり、乾いた音とともに黒く曇った。

「今、何を願ったんですか」

「内見客が、他人の結果で近道をしないことを」

「何を失ったんです」

「業務上の秘密です」

恭一は杖を引き、十四段目へ真白の足を置き直した。

「段差に、お気をつけて」

「怪異のこと?」

真白の携帯が震えた。親友から『訂正、見た。会うだけなら』と届いている。

恭一は曇った杖をつき、階段の先を示した。

「いいえ。自分で上る一段は、飛ばさないようにということです」