十二色目の肌

鏡原冬馬は、MVの少女から「色」を直せと頼まれた。

撮影済みの肌を十一種類の色調へ変える実験的な映像だった。青、緑、紫、灰色。サビごとに別の照明へ切り替わる。モデルの歌い手は撮影翌週から行方不明になり、会社は「素顔を見られるのが怖くなった」と説明した。公開用のメイキングでは、彼女が長袖を脱ぐ場面だけ不自然に切られていた。

イントロで少女が頬を撫で、唇だけで告げる。

「色を戻して」

冬馬はカラーグレーディング担当だった。撮影時、モデルの腕や首に残る痣を見つけたが、プロデューサーから肌を滑らかに整えるよう命じられた。本人も黙っていたため、仕事だと割り切った。冬馬が「痛く見える色は全部抜けます」と告げると、彼女は鏡越しに一度だけ首を横へ振った。その動きを、彼は照明への不満だと解釈した。

Aメロで、少女の肌は一拍ごとに色を失う。十一個の補正レイヤーが自動で順番に切れ、消したはずの青痣が薄く浮かんだ。冬馬は慌てて補正を戻す。すると少女は首を横へ振る。

「色を戻して」

サビで全レイヤーが重なり、画面は白く飛んだ。だが波形モニターの隅に、存在しない十二番目の色チャンネルが現れる。赤外線でも通常光でもない、撮影現場のUV確認灯だけが拾ったデータだった。

冬馬が開くと、少女の肌に蛍光塗料で書かれた文字が浮かぶ。〈控室3〉〈鍵は外〉〈毎晩〉。服で隠れる背中には、プロデューサーの名と日付が並んでいた。彼女は口で告発できない代わりに、メイクの下へ記録を書き、色調担当者が原画へ戻ることを待っていたのだ。

最後のロングトーンで、十一種類の美しい肌色が一枚ずつ剥がれる。少女は痣と文字を隠さないままカメラを見た。

「色を戻して」

華やかな色味へ修正してほしいという注文ではなかった。冬馬が「不要な色」として消した痛みを、証拠として元へ戻せという命令だった。

彼は完成版を書き出さず、十二番目のチャンネルを公開した。最後の一音の余韻だけが、青紫の痣と同じ長さで画面に残った。