十六桁の夜

動画配信会社の視聴データ売却会議で、筑波嶺希帆は広告運用部の派遣社員として、データ項目表を配っていた。買い手は選挙分析を手がけるコンサル会社。地域ごとの番組嗜好から広報戦略を作るという。

契約書には「都道府県別・年代別の集計値のみ」とあり、売却額は五億円だった。

希帆は納品予定ファイルを開いた。作品名、再生開始時刻、停止位置の横に、十六桁の端末IDが残っている。同じIDを追えば、一家庭が夜ごと何を見たか分かる。

事業部長は、端末IDは乱数で個人へ戻せないと説明した。

だが買い手は、同じ配信会社の広告配信を請け負っており、十六桁のIDと広告会員を結ぶ対応表を持っている。希帆は自分の社用テスト端末を検索した。昨夜十一時四十三分に見た政治ドキュメンタリー、途中で止めた医療番組、子ども向け作品まで正確に並んだ。

さらに企画書には「未投票層の世帯別抽出」「関心争点に応じた個別メッセージ」とある。集計値ではなく、家庭単位で使う前提だった。

部長は、政治広告ではなく社会啓発だから問題ないと答えた。

希帆は利用規約を示した。視聴履歴の利用目的は作品推薦と配信品質の改善。政治分析への第三者提供は含まれない。規約改定案は作られていたが、公開予定日は来月一日だった。

買い手の受領確認印は今朝八時二十六分。利用者へ知らせるより三週間早い。

希帆の派遣更新は翌月に迫っていた。それでもデータ提供確認印を押さなかった。

「都道府県別なら、十六桁は必要ありません。必要なのは、一軒ずつ夜を覗くときです」

コンサル会社のデモ画面では、十六桁ごとに「保守的」「環境関心」「医療不安」と家庭が色分けされていた。希帆のテスト端末にも三つのタグが付いている。都道府県別集計という説明は、既に買い手自身の画面によって崩れていた。

配信会社社長が五億円の決裁書を伏せた。十六桁の夜は、集計表の一マスへ隠れられなかった。