午前だけの不在

鷹取理央は、休む連絡ほど丁寧に書いた。

法律事務所の事務員になって四年。体調を崩した朝には、担当案件と今日の予定、迷惑をかける相手への謝罪、午後には必ず戻る意思まで一通へ詰め込んだ。休むこと自体より、休む自分を誤解されないよう説明するほうに時間がかかった。

大型訴訟の資料整理が続いた六月、理央は朝の電車で駅名を二つ乗り過ごした。戻るホームで時刻表を見ても、数字が頭に入らない。手には出勤用の鞄があり、服も化粧もいつもどおりだった。

だから行ける、と考えた。

スマートフォンを開くと、事務所のチャットには午前の作業依頼が三件届いている。理央は《少し遅れます》と打った。理由を考えるうちに、視界の端が白くなった。

ベンチへ座り、文章を消した。

代わりに《体調不良のため、午前休を取得します。午後の出勤可否は十一時に連絡します》と送った。

いつもなら、そのあとに案件ごとの引き継ぎを書く。昨夜、共有表へ入力してあるのに、念のため同じ内容を並べる。誰が読んでも困らないようにし、休んだ自分だけが困る長さの文を作る。

理央は追加しなかった。

返信は、所長代理からの《確認しました》と、同僚からの引き継ぎ済みを示すチェックマークだった。責める言葉はない。それでも理央は、画面の向こうでため息をつかれている気がした。

改札を出ず、反対方向の電車へ乗った。車内は通勤時間を過ぎ、座席が空いていた。窓に映る自分は出勤する人の格好をしている。

家へ戻ると、理央は鞄を玄関へ置いた。パソコンを出せば、午前だけ在宅で作業できる。そうすれば不在ではなくなる。

靴を脱いだまま、鞄のファスナーへ手をかけた。

そして開けなかった。

カーテンを閉め、化粧も落とさず布団へ入った。眠れなくても、メールは見なかった。

十一時のアラームが鳴るまで、理央は仕事をしない人として部屋にいた。

途中、事務所の電話が鳴っている気がして二度、目を開けたが、部屋にあるのは冷蔵庫の低い音だけだった。理央はその聞き違いを訂正しようとせず、目を閉じ直した。

午前だけの不在は、予定表の上では半日の空白にすぎない。けれど彼女は初めて、その空白を説明で埋めなかった。