午前二時の目覚まし

平良の隣室では、午前二時二十分に目覚ましが鳴る。

 電子音が十秒続き、止まる。五分後にもう一度鳴り、今度はすぐ止まる。それから水道、引き出し、玄関の鍵。二時四十分ごろには、廊下を足音が遠ざかっていく。

 パン屋か市場か、病院か。平良は勝手に仕事を想像した。

 自分は二か月前から休職している。

 朝のアラームをすべて消し、カーテンも閉めたままにしていた。昼に起きても何も始まらず、夜になると「今日も何もしなかった」という時間だけがはっきり残る。医師には休むことが仕事だと言われたが、休み方には終了音がなかった。

 今夜も、枕元の時計は二時十九分を示していた。

 部屋の照明は消してある。加湿器のファンがゆっくり回り、窓の外では雨が樋を流れている。平良は目を閉じず、隣の電子音を待った。

 時計の数字が変わるまで、平良は天井の薄い影を見ていた。休む前の自分なら、誰かが働き始める時間に横になっていることを恥じただろう。今もその感覚は消えていない。ただ、隣の目覚ましを聞く夜だけは、違う時刻を生きる人が同じ建物にいると思えた。

 二時二十分。

 目覚ましが鳴る。十秒。止まる。

 五分後、もう一度。すぐに止まる。

 いつも通りなのに、平良は少しだけ胸が軽くなった。向こうの人も一度では起きない。二度目を必要とする朝がある。

 水道が流れ、引き出しが開く。その生活音を聞きながら、平良は自分のスマートフォンを手に取った。アラーム一覧は空だった。

 午前十時半に一つ設定した。

 早起きではない。何かを成し遂げる時間でもない。薬を飲み、カーテンを開けるための目印にするだけだった。鳴っても起きられなければ、また設定し直せばいい。

 二時三十八分、隣の鍵が回った。廊下の足音が遠ざかり、建物は雨と加湿器の音へ戻る。

 平良はスマートフォンを伏せた。隣の人の一日はこれから始まり、自分の一日はまだ終わっていない。二つの時間は壁のところですれ違うだけで、同じ速さになる必要はなかった。

 午前十時半まで眠れなくてもいい。目を閉じて横になる時間にも、今夜は名前をつけなくてよかった。