午前零時のマリーゴールド
御子柴杏路が深夜ラジオの生放送を終えると、調整卓の上にマリーゴールドが一本置かれていた。
毎週火曜、午前零時のニュースが流れる三分間だけ、杏路はブースを離れる。戻ると橙色の花があり、名前はない。派手な色なのに、置き方だけが申し訳なさそうだった。花はいつも、フェーダーに触れないぎりぎりの場所にあった。
候補は、番組パーソナリティーの丹羽、音響担当の黒瀬、毎週花の写真を投稿する常連リスナーの浦部。警備の厳しい局内へ入れるのは前の二人だが、浦部からの贈り物を受付が運ぶ可能性もあった。
番組を守るのが杏路の仕事で、出演者の弱さまで守る契約はない。それでも初回の沈黙以来、丹羽が原稿をめくる音に乱れがないか、毎週無意識に耳を澄ませていた。
茎を包む紙は、古いリクエストファクス。その余白には丹羽が台本を直すときの二重丸がある。結び目には、彼の放送十周年で使った銀色の紙吹雪が一片。そして花が現れるニュース中、黒瀬は調整卓を離れられない。
翌週、杏路はブースを出ず、ニュース原稿の陰から丹羽を見た。彼はポケットから花を出し、そっと卓上へ置いた。
初回放送の夜、丹羽は本番中に言葉が出なくなった。息が浅くなり、三十秒近い沈黙が生まれた。杏路は予定を変え、届いたメッセージを読みながら曲へつないだ。放送後も「機材確認で間が延びた」と説明し、丹羽のことは誰にも話さなかった。
「助かったと言いたかった。でも、口にすると、あの夜がまた始まりそうで」
マリーゴールドは、丹羽の母がベランダで育てている花だった。「眠れない夜にも負けない色だから」と毎週持たせたという。
杏路は花を持ち上げ、丹羽の胸ポケットへ挿し直した。
「私は秘密にしました。でも、なかったことにはしてません」
丹羽はゆっくり息を吸い、「ありがとう」と、放送より小さな声で言った。
番組後、二人はコンビニのおにぎりを並んで食べた。杏路は鮭を一口かじり、赤いランプの消えたブースを見る。
「来週は、花より先にその一言をください」