原告は三毛猫
【簡易裁判所・調停記録】
調停委員:
本件は「夫の二重生活に関する損害賠償請求」でよろしいですね。
第一原告・槙江:
はい。被告は毎朝うちで食事をし、夜は私の布団で眠ります。
第二原告・菊乃:
嘘です。昼間はうちの縁側にいて、私の膝で甘えています。
槙江:
あなた、うちの人に何を食べさせたの?
菊乃:
高級まぐろです。そちらは?
槙江:
健康を考えて減塩ささみ。
菊乃:
それで夜だけこちらへ来るのね。
槙江:
夜はうちです!
調停委員:
被告本人の発言を。
書記:
被告は先ほどから机の下におります。
調停委員:
出てきてください。
被告:
にゃあ。
調停委員:
確認します。被告は三毛猫の「旦那」号、推定四歳。
槙江:
名前は「殿」です。
菊乃:
うちでは「マロン」です。
槙江:
そんな洋風の男じゃありません。
菊乃:
首輪を外して浮気してたのよ、この子。
調停委員:
被告に婚姻能力はありません。
槙江:
でも私には、ずっと一緒だって目で言いました。
菊乃:
私にも毎日、玄関で待つって。
調停委員:
猫の視線を契約と解釈しないでください。
槙江:
証拠もあります。先月の写真。私の枕で寝ています。
菊乃:
こちらは去年の冬。こたつで腹を見せています。
槙江:
腹まで!
調停委員:
落ち着いて。飼育登録は?
二人:
していません。
調停委員:
では野良猫が二軒を行き来していた可能性が高い。今後は共同で世話をする、という案はいかがですか。
槙江:
月水金はうち。
菊乃:
火木土はうち。
調停委員:
日曜は?
二人:
本人に選ばせます。
書記が扉を開けると、被告は一度も振り返らず廊下へ走った。
槙江:
追って!
菊乃:
逃げる気よ!
裁判所の裏口では、魚屋の女主人が被告を抱き上げた。
魚屋:
あら「社長」、今日も来たの。鯛の切れ端あるわよ。
槙江:
社長?
菊乃:
私たちには旦那とマロンなのに。
魚屋:
うちでは三年前から社長よ。夕方になると帳場の椅子に座るの。
調停委員:
第三原告を追加しますか。
魚屋:
いえ。この人、向かいの八百屋では「専務」です。
調停記録の末尾に、書記は一行を追加した。
『被告、三股の疑いにより調停不成立』。