双月ホーム

夜景写真家の渡良瀬匠は、撮影場所を探す掲示板で「双月駅」を知った。新月の夜だけ、存在しない駅から二つの満月が撮れるという。

投稿の末尾には太字で警告があった。

《双月駅で月が二つ見えても、写真を撮ってはいけない。片方は撮影者を写すために昇る》

匠は、合成写真をありがたがる連中の作り話だと思った。

午前零時、郊外線の窓が真っ白に曇り、電車は短いホームへ停車した。駅名標は「双月」。降りると、空の東西に同じ大きさの満月が浮かんでいた。どちらも雲の前にあり、海も鏡もない。

匠は三脚を立てた。二つの月は同時に動かず、片方だけが彼のレンズの向きに合わせて、空の中をわずかに滑った。露出計は月ではなく人物の顔を測る数値を示していた。警告を思い出したが、写真家が撮らずに帰る理由にはならない。一度だけシャッターを切った。

背後でも、同時にシャッター音がした。

振り向くと誰もいない。カメラの液晶を確認すると、月は一つも写っていなかった。代わりに、向かい側のホームからカメラを構える匠自身が写っていた。こちらのホームには、誰もいない。

次の電車へ乗り、匠は自宅へ戻った。

翌朝、写真アプリが人物の分類を終えた。

《渡良瀬匠に似た人物が二人います。統合しますか?》

一方はこれまでの自分。もう一方のアルバムには、昨夜以降の写真が並んでいた。駅から帰る匠の背中、コンビニで会計する匠、ベッドで眠る匠。すべて数メートル後ろから撮られている。

最後の一枚は一分前。洗面所でスマホを見ている現在の匠が、鏡越しに写っていた。写真の撮影位置は、鏡の中だった。

匠は振り返らず、アプリを閉じようとした。

画面が自動で切り替わる。

《重複した人物を統合しました》

前面カメラが起動した。画面には洗面所だけが映り、スマホを持つ匠の姿がない。

鏡には、カメラを構えたもう一人の匠が立っていた。

写真アプリがいつもの調子で通知した。

《空き容量を確保するため、元の人物を削除しました》