収穫ゼロ年

駒形叶枝の畑に、三年後の収穫通知が届いた。

〈年間出荷量 零キログラム〉

山あいで四十年、叶枝は豆と蕎麦を作ってきた。夫が死んでも、息子が町へ出ても、畑だけは休ませなかった。零という数字は、自分の死より恐ろしかった。

翌日から農薬を増やし、高価な耐暑種を買い、井戸を深く掘る見積もりを取った。借金をしてでも、未来の零を一に変えたかった。朝四時から土を掘り、夕方には指が開かなくなった。近所の若い農家が共同化を勧めても、『私の畑は私が守る』と断った。夫と開墾したころの写真を納屋に貼り、畑が続くことと夫との時間が続くことを、いつの間にか同じだと思っていた。

そんな折、役場が村の洪水対策を説明に来た。近年の豪雨で川があふれるため、叶枝の畑を遊水地にしたいという。水を一時的に引き受ける代わり、耕作はできなくなる。

「だから零なのか」と叶枝は怒った。

役人を追い返し、畑の畝に立った。土は乾き、去年より虫が少なかった。守ろうとしているのは作物なのか、それとも、作り続ける自分の姿なのか分からなくなった。

夜、町から息子が来た。

「畑がなくなったら、母さんは何になるんだ」

叶枝は即答できなかった。農家でなくなれば、何者でもなくなると思っていた。

一週間後、彼女は遊水地の計画を受け入れた。ただし条件を出した。水がない季節は、在来の草花を育て、種を採る場所にすること。村の子どもが土に触れられる道を残すこと。

三年後、豪雨が来た。川の水は叶枝の元畑へ流れ込み、家々の手前で止まった。蕎麦も豆も出荷されず、通知どおり収穫は零だった。

水が引いたあと、子どもたちが泥の中から種箱を運び出した。誰かが『叶枝さんの畑が村を守った』と言ったが、叶枝は『畑じゃない、水の場所だ』と訂正した。叶枝は濡れたラベルを一枚ずつ拭き、新しい畝を作る場所を教えた。

市場へ出す作物はなかった。けれど村には、流されなかった家と、来年蒔く種が残った。

叶枝はその年、農業日誌の収穫欄へ初めて数字を書かなかった。代わりに、〈受け止めた水、数え切れず〉と記した。