取調室の同じ「俺がやった」

十七時五十五分、小比賀一颯は取調室の録音ランプを見つめた。

向かいの青年は、ぬるい紙コップを両手で包んでいる。十八時に自動調書が確定すれば、殺人事件は送検される。被害者は警察へ情報を売っていた仲介人で、庁内には早く幕を引きたい者が多い。青年の自白は、都合がよすぎるほど整っていた。

「俺がやった」

青年は同じ声で告白した。

「凶器は?」

「捨てた」

十八時。録音ランプが白く弾け、一颯はまた十七時五十五分へ戻った。紙コップのへこみまで元通りだった。

捜査支援AIは、供述と証拠に重大な矛盾がある場合、担当者だけを五分前へ戻す試験機能を持つ。終了条件は、矛盾のない調書を完成させること。一颯の目的は、青年から真実を引き出すことだった。

二周目、監視映像を見せた。犯行時刻、青年は別の駅にいる。

「俺がやった」

「誰をかばってる」

「誰も」

四周目、家族を調べた。六周目、被害者との金銭記録を突きつけた。どれだけ崩しても、青年は紙コップを持ち直し、同じ告白を繰り返す。

八周目、一颯は映像の隅に古い捜査車両を見つけた。運転していたのは、三年前に彼が逃がした情報提供者。その男は違法捜査の証拠を握り、一颯は取引の記録を廃棄していた。青年は男の弟だった。

「俺がやった」

九周目の告白に、一颯は初めて答えなかった。青年が罪をかぶれば、兄の存在も、一颯の不正も埋まる。矛盾を消す一番簡単な方法だった。

十周目。一颯は録音機を自分へ向けた。

「俺がやった」

青年が顔を上げる。

「三年前、証拠を捨てたのは俺だ。今回の捜査から外れる」

一颯は廃棄記録と情報提供者の名を監察へ送信した。自動調書は〈担当者不適格〉として破棄され、事件は再捜査へ戻る。

十八時。録音ランプは赤いまま、秒表示が一つ進んだ。

青年は釈放も無罪も約束されていない。一颯の警察手帳も、もう戻らない。それでも取調室から出るとき、紙コップだけが机に残り、同じ告白を受け止める人間はいなくなっていた。