同じ唸りの二つの部屋
音楽家の羽衣石は、防音試験室を内側から施錠し、オンライン契約会議へ出た。画面には彼一人しか映らない。十五分後、突然マイクがミュートになり、映像の外で争う影が一度だけ壁を横切った。警備員が開錠すると羽衣石は絞殺され、出入口も換気口も閉じたままだった。
容疑者は作曲家の白銀、音響技師の水尾、芸能担当の甲斐路。三人とも会議に映り、羽衣石が盗作を公表すれば困る。白銀は木製本棚のある自宅書斎から参加しているように見え、事件直前まで羽衣石と議論していた。
試験室は外部の音を遮断する一方、内部の換気音だけは低く残る構造だった。水尾は設備の癖を熟知し、甲斐路は契約書を読み上げ、白銀は画面の本棚を背に譲歩を拒み続けた。三人の映像は別々の場所を示しているようで、参加者は背景の違いを距離の違いだと考えた。
私は映像より音と反射を調べた。手掛かりは三つだけだった。
第一に、羽衣石と白銀のマイクには、同じ四十七ヘルツの換気扇の唸りが同じ周期で入っていた。
第二に、白銀の眼鏡には、自宅にはないはずの羽衣石用の円形照明が白い輪として映っていた。
第三に、白銀が動いても背後の本棚は遠近を変えず、会議設定には仮想背景の使用印が残っていた。
水尾は二つの音声波形を重ねた。唸りの山と谷は完全に一致し、別の建物で偶然同じ音がしたとは考えられなかった。
「白銀は自宅にいたのではなく、試験室のカメラ外に座っていた」私は結論した。仮想背景で書斎を貼り、同室から別端末で参加したのである。ミュートした瞬間に羽衣石を襲い、接続を残したまま退出し、自動錠へ任せた。同じ唸りが二つの端末の同室性を、眼鏡の輪が位置を、仮想背景印が偽装法を示す。二つの画面は二つの部屋ではなく、一つの密室を二分して映していた。 背景は別々でも、空気の音だけは同じ部屋から逃げられなかった。 仮想の書斎は目を欺けても、同じ空調が運ぶ低音までは作り替えられない。 背景より先に、部屋そのものが音を名乗っていた。